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90 復帰


 世紀の対決をする前に、アニーはいったんサンディを連れてエリクソン病院に戻った。 そして、駅や馬車置き場に何度も探しに行ってくれた同僚たちに心から感謝した。
「理事のゲイナー教授はまだサンディの辞表を受理してないって。 必ず戻ってくると皆で説得したんだ」
  そう言ってくれたジョーイに、アニーは飛びついてキスしたい気分だったが、それではサンディ同様ジョーイも気まずいだろうと思い、固く握手するだけで我慢した。
  サンディもひとりひとりに握手して礼を言った。
「すまない。 また迷惑かけちゃったね」
「いいんだよ。 君が普段、どんなに患者や同僚に尽くしてるか、みんなよくわかってるんだから」
  救急病棟に最も多く詰めているのはサンディだった。 宿直を引き受けることも多い。 眼が回るほど忙しい中、ナースのために高い棚の薬品を取ってやったり、夜の見回りに同行したりするので、看護師たちにも信望が厚かった。
  上役の先生方にも詫びを入れ、大急ぎで白衣に着替えた2人は、それぞれの仕事場に飛んでいった。 だがアニーは、その前にサンディに釘をさすのを忘れなかった。
「あさってぐらいにお祖父さんに会いに行きましょう。 だから明日はあなたの服を買いましょうね。 ピチピチでもダブダブでも駄目。 きちんと体に合った、上等なスーツをね!」



91 親子


 車が砂利道に入ってくる音がしたので、テンプル氏は書斎の窓のカーテンをめくって、暗い戸外を覗いた。
  目玉のようなライトが下を照らしながら動いてきて、植え込みの前でぴたりと止まった。 やがて後部座席のドアが開き、人が降りてきた。 大きい人影が1つ、中くらいの人影が1つ、そして、小さい影がもう1つ。 テンプル氏は、思わず目をこらした。
  乗客が降りたのを確認して、運転手が車を回して車庫のほうに去っていった。 残された3人はひとかたまりになり、少し話していたが、やがてドアに向かって歩き出した。
  心臓を轟かせながら、テンプル氏はノックを待った。 ずいぶん時間があいたような気がしたが、それでも5分後に、ドアをそっと叩く音がした。
「どうぞ」
  できるだけ普通に答えると、すぐにドアが開いた。 そして、右手にジェーンの、左手にロニーの手をそれぞれしっかりと握って、ロビンが書斎に入ってきた。
  まずロビンをじっと見たテンプル氏の視線は、次に子供に吸い寄せられた。 丸顔で金髪のかわいらしい顔は、父が幼かったときほど整ってはいないものの、ロビンの子供時代の面影を色濃く映していた。
  ロビンが、決意を秘めた静かな声音で話し出した。
「この子はロニーです。 ジェーンと僕の間に生まれた子です」
  不意に頭の中を閃光が走った。 28年前の夏の日に、デニス・テンプル氏は一瞬引き戻されて、顔を歪めた。
  ジェーンが途切れがちの声で続けた。
「ロバートと名づけたんです。 でもこの子がうまく発音できなくて、ロビーがロニーになってしまって」
「今いくつだね?」
  テンプル氏の思いがけず優しい声に、若い二人は同時にはっとなった。 ロビンが低く答えた。
「もうじき4歳です」
「そうか」
  感慨深く幼児を見つめながら、テンプル氏は深く息をついた。
「おまえが志願したときには、もう後継者はいなくなってしまうと半分覚悟した。 だが、ちゃんと後を継ぐ者が生まれていたんだな」
「お父さん」
  ロビンが息を呑んだ。 テンプル氏の頬に、複雑な微笑がただよった。
「20年以上一緒に暮らしたのに、おまえにはまだわたしがわかっていないようだな。 反対すると思ったのか?
  たしかにおまえとアニーが一緒になってくれればと思った時期もあった。 だがそれは、おまえの幸せを願えばこそだ。 好きな人と暮らせれば、それが一番だ。 ティルとわたしのように」
  ティルとはテンプル氏の先妻で、ロビンの母にあたる人だった。
  ジェーンの口が激しく震え、眼が真っ赤に変わった。 ロビンは前に進み、父の手を握った。 そして次の瞬間、強く抱き合った。


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