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89 対面


 夕方の5時過ぎにテンプル氏が会社から戻ると、家の様子が一変していた。 使用人たちが数人ずつ広い玄関ホールのあちこちに固まってひそひそ話をしているし、いつも真っ先にドアをあける執事のハイアムズの姿がない。 仕方なくテンプル氏がひとりでドアから入ると、メイドや料理人たちは驚いてさっと散らばった。
「どうしたんだね」
  テンプル氏の問いに、最初誰も答えなかった。 みんな言いにくいらしい。 テンプル氏は一人一人の顔を見渡し、一番年長のドリスコル夫人に尋ねた。
「何があった? まさかロビンが……」
「ロビン様は大丈夫です」
  急ぎすぎるぐらい急いで、料理人のドリスコル夫人は答えた。
「あの、奥様が不意にお見えになって」
  さっとテンプル氏の顔色が変わった。
「セアラが?」
「はい、それでロビン様が」
「ロビンが、どうした!」
「ライフルで追い出されたんです」
  少しの間、まったく事情が飲み込めず、テンプル氏は立ち往生した。
「追い出す……? あのロビンが、どうやって」
  小間使いのモリーが、我慢できなくなって口をはさんだ。
「坊ちゃんは病気なんかじゃなかったんです! ロビン様はあの新しく来たナースが好きで、あの人を引き止めるために仮病をつかってたんです」
  テンプル氏の手から書類カバンが落ちて、床で大きな音を立てた。


  そのころ、ロビンとジェーンは、ハイアムズの運転する車で郊外に向かっていた。 ジェーンは座席に小さくなって座り、うつむいて両手を固く握り合わせていた。 そんな彼女を、ロビンは心配げに見つめていた。
  人家がほとんどなくなり、延々と続く広野をしばらく進むうち、曲がりくねった道の先に黒々とした農家が見えてきた。 そばまで行ってようやく、小さい窓から光が漏れているのがわかった。 ハイアムズが車を止め、まずロビンが、それからジェーンが静かに降りた。
  口をまっすぐに結んで、ジェーンは木の扉に近づき、二度ノックした。 間もなくドアがぱっと開いて光の放射線が道に広がった。
  中から転がるように出てきたのは、かわいらしい少年の姿だった。 彼は大喜びでジェーンに抱きつき、高い声で叫んだ。
「今日帰ってくるなんて知らなかった! お帰り、ママ!」
  少年の金髪を震える手で撫でながら、ジェーンは小声で言った。
「ロニー、この人はね……」
  ロビンがゆっくり膝を曲げて、ロニー少年と同じ目の高さになった。 その目には、熱い涙が一杯にたたえられていた。
「こんばんは」
  ロニーは、自分と同じ光沢を持った金髪をしげしげと眺めた。 そして、不意に確信を持って言い切った。
「僕のパパだ」
  とたんにこらえ切れなくなった涙が、ロビンの頬に銀色の糸を引いて流れた。 ロビンはもう何も言わず、手を伸ばして少年を腕に抱きしめた。


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