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85 すべてを知って


 アニーが一気に取りのぼせるだろうとセアラが予想していたなら、間違いだった。 確かに怒りっぽい性格ではあるが、本当にいざというとき、アニーは驚くほど冷静になって情勢を見極めるところがあった。 だからまず話を全て聞こうと、白衣のボタンを止めなおして顔を上げた。
「どうぞ、続けて」
  一瞬出鼻をくじかれたものの、すぐ気合を入れて、セアラはぶちまけ始めた。 ロビンの前では言えなかったことを、ここぞとばかり洗いざらいに。
「あの子はね、うちの下男だったのよ。 私が孤児院から引き取って、別荘で雇ってやったの。
  ロビンは優しいから、あんな下賎な子の面倒を見て、友達みたいに扱っていたわ。 私とどういう関係かも知らないで。
  そうよ、私があの子を連れてきたのは、ロビンの代わりとしてだった。 もちろん及びもつかないほど下だけど、素直にいうことを聞くのが取り得でね。
  でもロビンや、あの性悪のアレックスがちやほやするもんだから、だんだん図に乗って、とうとう盗みを働いたの。 楽な暮らしがしたくなったんでしょうね。 私の友達から盗んだんだと思うけど、このぐらいの銀のペンダント。 オルゴールのついてる、高価なものよ。 あんな孤児なんかが持ってるはずのないものなのよ。
  もちろんすぐ警察に突き出してやったわ。 だからあの子は前科者。 どう? これでも婚約がうれしい?」
  暗い喜びに勝ち誇って、セアラは言葉を切った。 だが、アニーの顔に眼をやったとたん、ぎょっとして思わず頬が引きつってしまった。
  アニーは胸に手を組み合わせていた。 頬にふんわりと血が上り、眼が星のように輝いて、たとえようもなく美しく見えた。
  やがて唇が動いた。
「……ダン」
  セアラが一歩下がったので、ガタンという音がした。
「えっ?」
  とたんにアニーの胸から叫びがあふれ出た。
「ダン! そうだったの。 あなたはダン・フォードだったのね!」
  それからアニーは、自分でも後々考えて信じられなかった行動に出た。 夢中でセアラに飛びつくと、両頬に音を立ててキスをした!
「ありがとう! やっと謎が解けたわ! もう彼を失わないですむ。  堂々と引き止められる!」
  腰を抜かしそうになって、あんぐり口をあけているセアラに、アニーは満面の笑顔を向けた。
「父さんはね、初めダンをもらってくるつもりだったの。 私の婿さん候補としてね。
  どうしてか、やっとわかった。 自分にそっくりだったからよ!」
  空を駈けるような勢いで、アニーが図書室を飛び出していった後、セアラは手近な椅子を見つけて、座り込んだ。
  そして呟いた。
「やっぱりあのライオン娘には立ちうちできないわ……」




86 消えた男



 半時間後、アニーは必死になって病院を走り回っていた。 どこを探しても誰に訊いても、サンディの姿を見た者はいないのだ。 今度こそ何も言わずに永久に消えてしまったんじゃないかと思うと、さしものアニーも脚が震えるのを感じた。
  3度目にナースの休憩室を覗いたとき、仲良しのコンチータ・ロペスが小走りで近寄ってきて、心配そうにささやいた。
「あの、さっきサンダース先生に会ったんですけど、真っ青な顔で、何もかも僕が悪かった、許してくれとデュヴァル先生に言ってくれって」
  思わずアニーはコンチータの手をぎゅっと握った。
「どのぐらい前?」
「ええと、15分ぐらい」
  たちまちアニーは身をひるがえして走り出した。


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