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83 二度目の求婚


 背の高いロビン、つまりミッキーの背中の後ろで、ジェーンは半ば気が遠くなりかけていた。
  意識があって、何もかも聞こえていたなんて…… まったくわからなかった。 さすがミッキー・ステュワートと言うべきか、大変な演技力だった。
  セアラが帽子もかぶらずに逃げ出していくのを、ジェーンはぼんやり見送った。 ほっとした気持ちがないわけではないが、それ以上に胸に染み渡るような惨めさが大きかった。
  カチッと小さな音をさせて、ミッキーがライフルを下げた。 ほぼ同時にジェーンは身をひるがえし、階段に走っていこうとした。
  その腕を、ミッキーが素早く掴んだ。 そして、顔をそむける恋人に、かすれた声を投げかけた。
「逃げないで! もう逃げ出す理由なんかないだろう?」
「あるわ。 ありすぎるほどよ」
  ジェーンは必死でミッキーを振り切ろうとした。
「あの人は黙っていないわ。 きっとあることないこと言いふらす。 私だけでなく、あなたやこの家をめちゃくちゃにしようとするわ!」
  ミッキーはライフルを床に捨て、ジェーンを両腕で引き戻した。
「やらないよ」
「いいえ! あの人はきっと……」
「やらない。 やれないよ、もう。 さっきの引きつった顔を見ただろう? 僕が本気で撃つつもりだとわかったんだ。
  セアラには何の後ろ盾もない。 上流夫人になり切ろうとしていたが、元はニューヨークのバーで働いていた女だ。 なぜ父が彼女を後妻に選んだか、僕はずっと不思議だった。
  ともかく、うちを離れたらセアラには暮らしていくあてがないはずだ。 それに、君の悪口を言いふらしたら、自分の過去はどうなんだと言われるのがおちだ。 だから心配しないで。 もし万一彼女が何かたくらんでも、絶対に僕がやめさせるから」
  じわじわと腕に囲いこまれて、ジェーンは激しい焦りに駆られた。
「待って! ねえ、ミッキー、どうして私なの?」
「どうしても。 僕は君しか欲しくないんだよ。 すてきな人はたくさん知ってる。 まずアニー、それからルイーズ、他にも大勢の美人女優に囲まれていた。 でも、僕は君だけ。
  君も確かにきれいだけど、彼女たちと比べて特に美人じゃない。 いい人柄だが、性格のどこがいいかと訊かれても、こことはっきり言えるわけじゃない。 それでも僕は君が欲しい。 ロニーという子供がいたってかまわない。 結婚してくれ。 できるだけ早く。 できれば今すぐ!」
  ジェーンは、顔中が皺になるほど固く眼をつぶった。 それから、涙と共につぶやいた。
「一緒に来て。 そしてロニーを見てやって」



84 暴露



 左右を素早く見渡して、アニーはバッグの中から黒縁の眼鏡を取り出し、形のいい鼻の上にちょんと乗せた。
  細かい字の医学書を読みすぎたせいか、それとも広い草原を離れてせせこましい都会に定住したためか、最近本が読みにくくなっている。 24歳の若さで老眼になりかけてるのか、と溜め息が出た。
  棚をずっと調べていくと、目的の本は頭上50センチぐらいのところにあった。 いつも置いてあるはずのハシゴはどこにも見えない。 仕方なく、アニーは小さな机を本棚の下に持っていき、えいやっとよじ上って、本の背表紙に手をかけた。
  そのとき、声がした。 ガラガラヘビの警戒音に似た、シューッという声が。
  首を伸ばして足元を見ると、思いがけない人がそこに立っていた。 それは、オリーブ色のドレス姿のセアラ・テンプルだった。
  あわてずに本を引き出し、小机から身軽に飛び降りると、アニーは天敵を半眼で見すえた。
「どういう風の吹き回し? 病院の図書室までわざわざ来るなんて」
「大事な話があるのよ」
  右頬をわずかに歪めて、セアラは微笑んでみせた。
「あなたが内輪で婚約したって噂を聞いたわ。 おめでとう」
  うう、気味が悪い――人を祝福することなどまずないセアラの言葉に、アニーは不吉なものを感じた。
「ありがとう。 わざわざお祝いを言いにきてくれたの?」
「そうよ」
  妙にしゃがれた声で、セアラは言った。
「本当にめでたいわ。 あなたがロビンじゃなく、あんな子を選ぶなんてね」
  「あんな子?」
  身長186センチ、年齢29歳のれっきとした男性に使う形容ではなかった。 アニーは眉をしかめ、思わずセアラをにらんだ。
「あなたにサンディの何がわかるの」
  不意に首をのけぞらせて、セアラは笑い出した。
「何でもよ! バカな田舎娘ね、あんたは相変わらず。 いい? あんたの婚約者の最初の恋人は、私だったのよ!」


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