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80 仲間とは


 翌日、帰郷の準備をしていたフィービは、アニーがひらひらと紙をふりかざしながら飛び込んできたので危うく衝突するところだった。
「どうしたの!」
「見て! レイモンド先生の推薦状よ!」
「え?」
  フィービがきょとんとしていると、アニーはじれったそうにその書面をフィービの方に向けて見せた。
「ほら、あなたを優秀な小児科医と認めるって。 ここでは残念ながら定員いっぱいだけど、セントジョージ病院ならこれを持っていけば確実に入れるって!」
  フィービは下唇を噛んで書類を見つめた。 それからゆっくりときれいに紙を畳み、思いのこもった眼でアニーを見返した。
「あなたが頼んでくれたのね」
  アニーはとぼけて横を向いた。
「うちの学校から来たインターンみんなの総意よ」
「嘆願書に署名はしてくれたかもしれない。 でも、周りを動かしたのはあなた」
  ひどくまじめな顔になって、フィービは呟いた。
「わからないわ。 友達甲斐のない私なんかにこんなに親切にして、なんの得があるの?」
「仲間だからよ」
  間髪を入れずに、アニーは答えた。
「女の医者は男子の二倍以上苦労して仕事してる。 仲間が増えれば増えるほど、働きやすくなるわ。 真面目で優秀なあなたなら特に、絶対失いたくない」
「説得力があるわね」
  パチパチと瞬きして、指でそっと一粒の涙を払い落とすと、フィービは微笑した。
「ありがたくこの推薦状は頂くわ。 あなたには借りばっかり。 いつか返せればいいけど」
「書き溜めている論文を完成させて、立派な医学書を作って。 できあがったら大いに参考にさせてもらうわ。 私みたいに気の散る人間にはできないことだもの。 あなたの方が絶対医学界に貢献できるわ」
「ありがとう」
  フィービの方から手を伸ばし、2人は初めて固く抱き合った。
「あなたには降参だわ、アニー・デュヴァル。 私には親友はいなかったし、必要ないと思ってたけど、あなたには入り込まれちゃった」
「これからも喧嘩するでしょうけど、最後には仲直りしましょうね。 本当に心を割って話せるのは、学生時代の友人だっていうから」
「そうね」
  2人は自然に手をつないで、殺風景な寮の部屋を出た。 アニーは職場へ、そしてフィービは新しい病院の面接へ。


 

81 襲来


 2週間ぶりに一日だけ休みをもらったジェーンは、バスから急いで降りたとき、釘に引っ掛けてかぎ裂きになった手袋を気にしなから、小走りになっていた。
  ロニーに会えたのはクリスマス以来だった。 だからほとんど一日中相手をして、雪だるまを作ったりトランプをしたり、声が枯れるほど騒いでしまった。
  しかし、心の一部は常にテンプル邸に残っていた。 ミッキーはどうしているだろう。 相変わらず一言も口をきかず、目を見交わすこともないが、彼の体は確実に快復に向かっていた。 顔は以前の美しさをほぼ取り戻し、庭を散歩するのが日課になった。 はた目には、もの静かだがごく普通の青年に見えた。 あれで声さえ出してくれたら……
  雪に覆われた屋敷に入るとき、門の横に馬車が止まっているのが見えた。 気がせいていたので、ほとんど目もくれないで裏の通用口から入ると、ジェーンは二階への階段を大急ぎで上った。
  その足が、階段を上りきった地点、長い廊下の端で止まった。 耳慣れない音が聞こえてくる。 ドンドン、ドンドンドンという、間隔の乱れた打撃音だ。 誰かがやみくもにドアを叩きつけている音だった。
「開けて」
  喉にからんだような声が混じった。
「開けてよ、お願い! あなたが戻ってきたと聞いて、ボストンから汽車で飛んできたの。 顔が見たいのよ、ねえ、お願い!」
  ジェーンは廊下の角に身をひそめ、壁に張りついて目を閉じた。 足の先から震えが忍び寄ってくる。 ミッキーの寝室のドアに寄りかかって、懸命に口説きたてているのは、あの婦人だった。 ニューヨークの劇場の化粧室でジェーンを脅し、身を引けと脅迫した、あの魔女だった。


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