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78 世代対決


 巨大な一枚板のドアには、呼び鈴ではなく、ノッカーがついていた。 現代を拒否するようなその門構えに、アニーは顔をしかめた。
「ジイ様は、この高いところにつけた重いノッカーで女子供が手をくじくかもしれないって思わないのかしら」
  そもそも女子供が一人で訪問してくることなど考えていないのだろう。 頭が化石だ! 家に入る前から、アニーの気持ちは波立ってきはじめていた。
  デフォルメされたライオンの顔付きノッカーをわざと無視して、アニーは拳で扉をドンドンと叩いた。 やがてドアがすっと開き、ノッカー以上に無表情な中年男が現れた。
「どちら様でしょうか」
「ドクター・アニー・デュヴァルです」
  男に優るとも劣らない威厳に満ちた口調で、アニーはきっぱりと名乗った。 鉄仮面のような男の顔が一瞬動いた。
「失礼ですが、エリザベス様ですか?」
「私はエリザベスじゃありません。 アニーです」
  そのとたん、男の顔に微笑が浮かんだので、アニーは驚いた。 丁重に身をよけると、男は頭を下げてアニーを迎え入れた。
「ようこそいらっしゃいました。 グレン様は、首を長くしてお待ちでしたよ」
「どうも」
  一応挨拶して、アニーは広々とした玄関ホールに入った。
  右手には大時計が、左手にはクロークが、そして正面には上で左右に分かれた壮麗な大階段が見えた。 まるで美術館のエントランスだな、と他人事のように眺めていると、すぐにさっきの男が帰ってきて、手で示した。
「こちらでございます。 どうぞ」
 
  通されたのは書斎だった。 渋い椅子とテーブルが点在し、どっしりした大机が部屋の隅に陣取っている。 中二階のようになった階段の周囲を、ずらりと書棚が取り巻いていた。
  グレン・テンプル氏は、テーブルに片手を置いて立ち、初めてじかに会う孫娘に視線を投げかけた。 アニーはまっすぐ彼に近づき、張りのある声で言った。
「こんばんは。 お話したいことがあって来ました」
「エリザベス」
「アニーです」
「わたしが付けた名は、エリザベスだ」
  へえ、このミドルネームはジイ様がつけたんだ――アニーはちょっと驚いた。
「じゃ、ここではエリザベスにします」
  妥協も必要だ。 特に頼みごとがある場合には。
  ジイ様という人は、なかなか見かけがよかった。 どちらかというとやせ型だが、やつれてはいない。 茶色の眼に力があり、刈り込んだ髭がよく似合っていた。
「座りなさい」
とジイ様は言った。 アニーは一番近い椅子にポンと座り、ジイ様が大机の向こうにある、すわり心地のいい皮の椅子に腰を下ろすのを待った。
  グレン・テンプル氏はゆったりと構えて尋ねた。
「それで?」
「今日はお願いがあって来ました」
  ひそかに舌なめずりをする豹のような顔で、ジイ様はうなずいた。
「なるほど。 それはどんな願いだね?」
「同僚のフィービ・マーシャルを、この町の病院のどこかで雇っていただきたいんです」
  予想の範囲外だったらしい。 ジイ様の眼がピカッと光った。
「それが望み?」
「はい」
「やってやれないことはないが、その代わり、わたしも条件を出すぞ」
「どうぞ」
  そうら、来た! アニーはむしろ楽しんで身構えた。


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