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75 故郷で(2)


 翌朝、目覚めたとたんに、アニーは横を手探りした。 ここではみんな早起きなのだ。 エラが不意に入ってきて、サンディが孫のベッドにいるのを見つけたら……
  だが、そこには誰もいなかった。 昨夜のことは夢だったのかしら、と一瞬アニーはいぶかった。
  目をこすりながら体を起こすと、枕には大きな凹みがついているし、床にかすかだが男の靴跡が残っていた。 サンディは昨夜たしかにこの部屋にいたのだ。
  彼はおびえていた…… 抱きついてこられたときに、アニーはすぐそのことに気付いた。 穏やかなエラと、すぐおとなしくなってしまったトムを相手に、何をおびえる必要があるのだろう。
  ベッドの上であぐらをかくと、アニーは決心した。 今日はひとつトムを問いつめて、昨夜男2人で何を言い争っていたのか、絶対に聞きだしてやろうと。

  フワーッとあくびをしながら階下に下りていくと、洗濯物用の籠を持ったエラにぶつかりそうになった。
「おはよう。 感心に、わりと早く起きたわね」
「こんな時間からもう洗濯?」
「朝食前にやったらすぐ乾くかなと思って」
「無理しないで。 後で私がやるから」
「おや、年寄り扱い?」
「ちがうよ」
  アニーはエラの肩をポンと叩いた。
「私が医者になるなんていって家を出ちゃったから、エラに悪いなと思って。 だから、帰ってきている間は、どんどんこき使って」
「じゃ、ありがたくそうしようかな。 朝食作ってね」
「はい!」

  アニーがハムとホットサラダを並べ、ポットからコーヒーをカップにそそいでいると、一仕事終えて水で体を洗った男たちが戻ってきた。 トムと、手伝いのビリー、それにサンディだ。 牧場で毎日牛を追っていたサンディは、牛と馬に関しては専門家らしく、ビリーは尊敬の目で彼を追っていた。
「すごいっすよ、サンディさんは。 ロブロイがほんのちょっと脚を引きずってるの見つけて、蹄の間からとげを抜いてやったんすから」
  そばかすだらけのビリーがあまりサンディを誉めちぎるので、トムが面白くないだろうと思い、アニーは義兄を横目でそっと見た。 しかし、トムは昨日とは打って変わって、穏やかな笑顔でビリーの言葉にうなずいていた。
  3人の若者たちがすっかり仲よくなってしまったおかげで、アニーはトムだけに近づく機会がなくなり、サンディの内緒話を聞き出すことは、結局できずに終わった。

  休暇は2日だけなので、その日の午後にはもう帰らなければならなかった。 アニーはそっとエラに、貯めていた給料の半分を渡し、カーペットバッグにがさがさとお土産を詰め込んだ。
「ええと、すぐりのジャム2瓶にマーマレード、チーズとクッキーと…… エラ! ありがとう。 このブラウス、すごくきれいよ」
  スモックをたっぷり取った白いブラウスを、アニーは惚れ惚れと眺めた。
「こんな手の込んだもの、いつ作ったの?」
「毎日少しずつ。 こういうのが作れるから女の孫はいいわよね。 おまけに飾りがいがある美人だし」
  アニーはにやにやした。
「最近は木登りしないから、もうかぎ裂きになる心配はないしね」
「結婚式には呼んでね」
と、エラがさりげなく言った。 とたんにアニーは、座り込んでいた床から跳ね起き、ロッキングチェアーでつくろい物をしているエラに抱きついた。
「式はここで挙げるわよ、もちろん! 母さんのウェディングドレス、屋根裏の衣装箱にあるわよね。 絶対あれ着て結婚する!」
「そうできればいいけどね」
  エラは溜め息を噛み殺した。 本家の祖父、ニュースワンシーの半分の地所を持っているグレン・テンプルが、そんなことを許すはずがない。 今まで干渉してこないのが、すでに不思議なのだから。

  まだ日の高い午後3時過ぎに、来たときの倍は重くなったバッグを下げて、アニーはサンディと乗り合い馬車に乗った。 この訪問で、2人の婚約は公のものになったのだ。 少なくともアニーは、そうはっきりと思い定めていた。


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