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74 故郷で


「ただいま! エラ! トム! 帰ってきたわよ!」
  カーペットバッグを振り回しながら、アニーは木の門を思い切り押し開けて家の敷地に飛び込んでいった。
  たちまち中から祖母のエラが現れて、アニーと抱き合った。 2人とも話したいことが喉まで溢れかえっていて、一度に話し出し、同時に口をつぐんで相手に譲るので、いつまでたっても進まなかった。
  ようやくアニーのほうがその悪循環から抜け出し、背後から荷物を両手に下げてついてきた大柄な青年を、エラに引き合わせた。
「エラ、この人が私の彼、ダグラス・アルガー・サンダースよ」
「初めまして」
  低く遠慮がちな声で挨拶したサンディに、エラは心からの笑顔を向け、両腕を伸ばした。
「ようこそ。 あなたが私の新しい孫になる人なのね」
  するとサンディは不意に身をかがめ、自分からしっかりとエラを抱擁した。 恥ずかしがりのサンディとしては珍しいほど率直な態度に、アニーは驚くと同時に胸をなでおろした。
  しかし、だいたい同じ年ごろのトムとは、そううまく打ち解けることはなかった。 アニーたちが来ていることはとっくにわかっていたはずだが、トムはしばらく経っても馬小屋から姿を現さず、アニーとサンディが居間に落ち着いてミルクたっぷりの紅茶を飲み干してしまってから、しぶしぶ家に入ってきた。
  ろくにサンディに目を向けようとせずに、トムは防寒コートを壁にかけ、暖炉の近くまでぶらぶらやってきた。 そこでエラがアニーに目配せしてから声をかけた。
「トム! いらっしゃい。 この人がアニーと同じ病院で内科のお医者さんをしているサンダースさんよ」
  ぶすっとした表情で、それでもネルのシャツの裾で手を拭って、トムは右手をサンディに差し出した。 わざわざ立ち上がってその手を握りながら、サンディは深い声で言った。
「よろしく。 寒いときは動物の世話は大変ですね」
  トムの動きが止まった。 利発そうな茶色の眼が、柔らかい光を放つ青い眼をじっと探った。
  それからトムは、しどろもどろになってしまった。
「ええ……まあ……ええと、お医者さんですよね。 外科、ですか?」
「やだ、トムったら。 エラが紹介したでしょう。 内科よ」
「ああ、内科……」
  聞いているかいないのかわからないようなあやふやな態度で、トムは暖炉のそばに座り込んだ。 そして、食事中ほとんどしゃべらなかった。

  疲れていたし、陽気な態度とはうらはらにいろいろ考えることがあったので、アニーは若い男二人の微妙な意地の張り合いに、あまり興味を持たなかった。
  それでも、サンディを泊める部屋の支度をして、階段を下りてきたときに、ふたりが居間の窓のそばで、顔を寄せ合って話しているのを発見したときは驚いた。 先ほどとはまるで態度が違う。 わずか15分で親しみを持ってしまったんだろうか……
  どうもそうではなさそうだった。 しかも、アニーの予想と違って、サンディのほうがトムに逆らっている様子だった。
  トムは自分より5インチ以上背が高い相手に、心配そうに言っていた。
「だめだよ、それじゃ。 やっぱりちゃんとしないと」
「放っておいてくれ」
  サンディが荒い声を出すのは、とても珍しいことだった。 しかも、トムが掴もうとした袖を、じゃけんに振り払っていた。
  それでもトムは何とか説得しようと試みていた。
「気持ちはわかるけど、彼女はそんな……」
「君に俺の何がわかる!」
  聞いたことのないほど尖った口調だった。 トムはびくっとして手を離し、口をつぐんだ。
  胸を妙なふうに鼓動させながら、アニーは2人に気付かれないよう、そっと後ろ向きに階段を上った。 不安で、嫌な気分だった。 サンディはトムに何かを話したにちがいない。 自分には決して話そうとしない、何かの秘密を。

  もやもやした気持ちになると、アニーはすぐ怒りたくなる。 ベッドのフレームを蹴っ飛ばし、せっかくたくしこんだ上掛けをクシャクシャに乱した後、結局また自分でベッドメイクしながら、アニーは深く溜め息をついた。

  それでもぐっすり寝付いた夜半時、アニーは頬に暖かいものが触れるのを感じて、やっとの思いで片目だけ開けた。
「うーん?」
  覗きこんでいるのは、サンディの影だった。 窓から差し込む冬の月光に照らされて、大きな岩の塊に見える。 だがこの岩の塊は、妙に気弱な声を出して、アニーの肩を抱きしめた。
「一緒に寝ていいかい?」
「え?」
「不安なんだ。 知らないベッドだと落ち着かなくて」
  そう言うが早いか、サンディは許可が出る前にアニーの横にごそっともぐりこみ、暖かい体を抱きしめた。
  参ったな――少し当惑しながらも、アニーは胸がじんわり熱くなってくるのを感じた。 トムとのこそこそ話なんか気にすることはないんだ。 サンディは私のもの。 このアニー一人のものなんだから。


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