「ミッキー・ステュワートが消えた後、ルイーズはめちゃくちゃになった。 奴に失恋したせいだと思われてたが、そうじゃない。 俺はわかってた。 あの2人は兄妹みたいに仲良しだっただけで、恋愛感情はこれっぽっちもなかった。
ルイーズは支えをなくしたんだ。 だから俺が入り込む隙ができたってわけさ」
「あんたを愛してるから体を張って救ったんだろう?」
アレックスも歯切れのいいブルックリンなまりで切り返した。 まばたきもせず見つめたまま、バリーは首を横に振った。
「違う。 ルイーズはな、いつも凍えてるんだ。 好いてくれる人間には何でもしようとする。 あのクソったれオフクロと、身勝手な親父のせいだ。 『藪の中の2羽より手の中の1羽』って言うだろ? ルイーズがそれなのさ。 そばにいる者をまず大事にするんだ。 物足りなくてもな」
アレックスは息を深く吸い込んだ。 だが、まだ声を出さないうちに、バリーが先取りした。
「彼女に愛してると言ったことあるか?」
アレックスの声が喉に詰まって出なくなった。 バリーの口が歪んで笑いに近くなったが、完全な笑顔にはならなかった。
「言えよ。 そこら辺の女とやけでくっつかないで、好きな女に本気で言えよ。 それからもう1つ言っとくが、グロリア・ケントには気をつけろよ。 あれは聖書のヘビより始末が悪いぜ」
その翌日、アレックスはバリーが出征したことを知り、殴られたようになって、キャサリンとの婚約を解消したのだった。
寮の狭い一室の、暖炉の前に座って、ジェーンはじっと弱い火を見つめていた。 今度こそロニーを引き取って二人で暮らそう。 お金はなんとかなりそうだ。 いつまでも人に預けていては……
そのとき、ドアにノックの音がした。 受け付けのメアリが訪問者を告げに来たのだ。 テンプルさんと名乗る上品な紳士だというので、ジェーンは驚き、急いで面会室に出向いた。
ジェーンを見ると、テンプル氏は礼儀正しく立ち上がって挨拶した。
「こんな時間にすまないね。 お疲れだと思うが、実は折り入ってお願いがあるんだよ。 わたしの息子が……家出中だと前に話したことがあったね。 それが、帰ってきたんだ」
「それはよかったですね」
と、ジェーンは優しく答えた。
テンプル氏は膝を乗り出した。
「そこで、お願いというわけだ。 息子の看護をやってもらえないかね?」
ジェーンはびっくりして眼を上げた。
「お病気なのですか? それとも怪我?」
「ああ……重病というのではないが」
テンプル氏は言葉を濁した。
「急がせて申し訳ないが、今夜これから来てもらえるとありがたい。 ヨーロッパ戦線に志願していたらしく、ひどく落ち込んでいて、主治医の手におえないんだよ。
療養所で聞いた話では、あなたは前にもわがままな患者をあっという間におとなしくさせたとか。 どうか、友達のよしみでお願いできないかな」
あれは違います、と言いかけて、ジェーンは気を変えた。 テンプルさんも私も人の親だ。 だめでもともと。 行ってあげよう。
ジェーンが承知すると、テンプル氏はいかにもほっとした様子になった。
鉄のいかめしい門が開くと、車はなめらかに走りこんだ。 金持ちの家に来たのは初めての経験なので、ジェーンは緊張していた。
豪華で、しかも品のいい広間を通って、ジェーンはテンプル氏に先導されて3階に上がった。 ロビン・テンプルの居室には控えの間がついていて、心配そうな表情のかわいい小間使いが椅子に座っていたが、主人と看護師を目にして、あわてて席を立った。
テンプル氏は小声で小間使いに尋ねた。
「どうかね?」
少女は深刻な顔で頭を振った。
「何も召し上がりません。 水を少しお飲みになっただけです」
「今はどうしている? 寝ているかい?」
「いいえ」
「そう……」
テンプル氏も額を曇らせたが、すぐに気を取り直してジェーンの方を向き、悲しげに微笑んだ。
「こういうわけなんだ。 体のほうはどこも痛んでいないんだが、心が…… このままでは栄養失調になってしまう。 どうかよろしく」
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