「危険? それが何?」
乾いてひび割れたルイーズの唇から、かすかな叫びがほとばしり出た。
「私は無邪気でも何でもなかった。 けっこうませていて、知識ではいろんなことを知ってたわ。
あなただから、あなただったから話しかけたの。 他の男の子は、ロビンでさえ警戒してたのに。
私ね、ずっと昔の雪の日に、母においてきぼりにされたの。 あの頃はしょっちゅうそういう目に遭ってたわ。 たぶん母は、私がさらわれるか車にひかれればいいと思ってたのよ。
でも子供って、親にしがみつくしか生きていく道がないでしょう。 だからむりやり、迎えに来てくれるって信じてた。
そのときね、背の高い男の子が来て、何してるの? って訊いてくれたの。 6歳と半年でもう人生あきらめかけてた私に。 そしてね、ちょっと乱暴に励ましてくれた。 あと何年か辛抱してたら親なんかほっぽって出ていけるって。
覚えてる? たぶん覚えてないでしょうね。 でもその年からずっと、クリスマスカードくれたよね。 普通の家族、普通の友達みたいに。
だから私にも、あなただけが身内だった。 大切なのは、いつも……」
涙で喉がふさがれたルイーズを、アレックスは夢中で引き寄せ、厚い胸に包みこんだ。
「覚えてるよ! 小さな雪だるまになっちゃうと言ったんだ!
わかっただろう? 俺には君が必要だ。 君にもきっと俺が…… ルイーズ! 結婚しよう!」
ルイーズは小さく2度、うなずいた。
その夜は美しく晴れて、星が絨毯のように空を埋めた。 2人は窓辺に寄り添って立ち、夜空を見上げた。
星がひとつ流れた。 ルイーズは、あっと思った。 アレックスも同じことを同時に考えたらしく、ルイーズの肩に手を置いて低い声で言った。
「バリー・テイラーは俺を許してくれるだろうか」
ルイーズは、アレックスの腕をマフラーのように首に巻いて目を閉じた。
「あなたに恨みを持つはずはないわ。 バリーを殺したのは私だもの」
アレックスは鋭く息を呑んだ。
「ばかなことを言うんじゃないよ!」
「でもそうなのよ」
ルイーズの声は、湿って深かった。
「母が人を雇ってバリーのことを調べ始めたの。 彼はイギリス時代いろいろあったらしくて、もう俳優を続けられないとわかって志願したの」
「違うんだ、ルイーズ」
「え?」
確信を持って言い切るアレックスに、ルイーズは驚いた。
「なぜそう思うの?」
「つまり……俺は彼に会ったんだ。 出征する前に」
「オーウェル様。 テイラー様とおっしゃる方がお会いしたいと」
秘書のデリアノの無表情な声が書斎に響いた。 アレックスははっとしたが、秘書に負けない平らな声で、
「お通ししなさい」
と言った。 すぐにきびきびした足音と共に、バリーの整った姿がドアから入ってきた。
彼は、舞台やパーティーで見せる端正な様子とはどこか違って見えた。 口を切るとすぐ、なぜそうなのかがわかった。
「悪いな、忙しいとこを不意に来て。 どうしても確かめなきゃなんねえことがあったんでな」
生粋のコックニーなまり( =ロンドン下町の言葉 )だった。 アレックスはロンドンやオーストラリアにいたことがあるので、その早口を理解することができた。
「何を?」
バリーの眼が面白そうに光った。
「驚かねえな。 俺が誰かも知ってるな」
アレックスはうなずいた。 その全身を素早く見回してから、バリーは冷静に続けた。
「婚約するって噂だが?」
「そのとおりだ」
バリーの視線が、アレックスを鋭く射た。
「ルイーズと同じ間違いをする気なのか?」
2人の視線が激しくからみ合った。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||