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67 手に手を取って


 

「こんにちは、アレックス」
と、ルイーズは弱々しく答えた。 自分でも信じられないほどあやふやな声だった。
  バッグから急いで眼鏡を取り出してかけると、アレックスが寂しげな表情をしているのがはっきりと見えてきた。
「ルイーズ、俺、また旅に出ようと思うんだ」
  ルイーズは愕然とした。
「旅?」
「そうだ」
  低い声で言いながら、アレックスはルイーズの手を取った。 ルイーズは途方に暮れた。
「でも、もうそんな必要はないでしょう?」
「確かにね。 だが、癖になっちまったようなんだ」
「あの人には話したの? つまり、キャサリン・メイヤーズさんに」
  アレックスの額に、かすかな皺が寄った。
「いや。彼女とはもう何ヶ月も会っていない」
「アレックス!」
  ルイーズは飛び上がった。
「そんなにあっさりあきらめるの?」
「あきらめるって……俺は別に、キャサリンを好きだったわけじゃないから」
「でも……付き合ってるって」
「寂しいから、めちゃくちゃ寂しくて、それで、わりと話が合うキャサリンと婚約しようかなと思ったんだ。 魔が差したのさ」
  ルイーズは心臓が不規則に鼓動するのを感じた。 自分がバリーを求めたのとまったく同じ動機ではないか。
  うなだれて、アレックスは続けた。
「でもやっぱり無理だった。 俺はきっと他の男より身勝手なんだ。 昔ショーンがしょっちゅう言っていた通りにね」
「そんなことない」
  歯を食いしばって、ルイーズは呟いた。
「だいたいショーンに人をけなす資格なんかない!」
  アレックスは一瞬おどけた顔をした。
「あいつの方が俺より先に結婚しそうだよ。 モートンのお嬢さんと」
  編み上げのドサ靴をはいて救世軍の運動にのめりこんでいる、社会改革主義者のジャネットと? ルイーズはあっけに取られた。
「ジャネットとショーンが? どこで知り合ったの? 信じられない!」
「ショーンが大酒くらって道に寝転んでたら追いはぎに遭って、身ぐるみはがれてドブに落ちてたんだって。 ホームレスと思ってジャネットが世話してるうちに、恋が芽生えたらしいよ」
  ジャネットには恋でも、ショーンには打算じゃないかと、ルイーズは内心疑った。 女学校の舎監みたいな服装をしているが、ジャネット・モートンはニューヨーク有数の富豪の令嬢なのだから。
  思わず口をついて出たのは、
「ジャネットも一回ぐらい社交界に出ればよかったわね。 そしたらどこかでショーンの正体に気付いたでしょうに」
という、身もふたもない言葉だった。 アレックスはくすくす笑った。
「君ってさ、めったに人の悪口を言わないのに、ショーンにだけは昔から厳しいよね」
「気が合わないんでしょうね」
と、ルイーズは認めた。
「本当にあなたと血が繋がってるの? 信じられないわ」
「俺も」
  ぽつりと言うと、アレックスは急にまじめな顔になった。
「劇団に問い合わせたら、君は休暇中だと言われた。 それで相談なんだが」
「なに?」
  足元に小さなカニが這いよってきたので、それに気を取られてルイーズは生返事をした。
  すると、アレックスがさらりと言った。
「少し一緒に旅行しないか?」


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