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65 父との会話


 そこでサー・チャールズは立つ位置を変え、思い切って口にした。
「ルイーズ、今こんなことを言うのは不適当だ。 しかし……アレックス君はまだ独身を通している。 もしわたしが……」
「お父様が、何ですの?」
  ルイーズは、疲れた優しい口調で問い返した。
「6年前は6年前でしかありません。 独りぼっちだったアレックスは、今では立派な青年実業家で、引く手あまたになってます。 もう彼には私は必要ありません」
「どうしてそう決められるのかね? もし……」
「いいえ、わかるんです、私には。 それに6年前だって…… お父様、6年前にアレックスは私を愛していると言いましたか?」
  サー・リチャードは途方に暮れた。
「結婚したいとはっきり言った」
「愛しているとは?」
「そういう言葉は使わなかったが、しかし」
「しかしも何もありませんわ」
  ルイーズはきっぱりと遮った。
「愛し合っていなければ、結婚したくありません。 私はバリーと話し合って、お互いの仕事のために結婚したつもりでいました。 でもバリーは私を愛していたし、私もバリーを好きだったんです。 燃えるような大恋愛でなくても、大好きでした。
  愛されるって、すばらしいことですね。 でも、本当に愛してくれる人にめぐり逢うのは、めったにない幸運です。 私はバリーを見つけました。 だから、それで充分です」
  サー・リチャードは、静かに息をついた。
「おまえがそう考えるなら、余計なことはしないよ。 おまえが本当にそれでいいなら」
  ルイーズは父に穏やかな微笑を向けた。
「ええ、いいんです。 お父様の気持ちがわかって、今はとてもうれしい、落ち着いた気分になりました」


66・常夏の地で


 バリーの死から1ヶ月が過ぎようとしていた。 事故からは5ヶ月が経過した。 そろそろ定期検診を終わらせようと病院を訪れて、かかりつけの医者に会ったとき、ベル医師は何度もためらったあげく、切り出した。
「あの……確かにもう健康体に近づきました。 ひとつの点を除いては」
「ひとつ?」
  何かを感じて、ルイーズは緊張した。 その耳に、思いもかけない言葉が響いた。
「あの、つまり、まだあなたはお若い。 再婚なさるでしょうが、まことに残念ながら、おそらくお子さんはもう望めません」

  秋も深まる頃だった。 ルイーズは劇団に休暇届を出して、フロリダに来た。 戦争はまだ続いている。 アメリカが遂に参戦したから、若者たちは続々と志願して、町にはいつもの秋よりいっそう身に凍みる風が吹きぬけていた。
  波打ち際を歩きながら、ルイーズはぼんやり考えていた。 海…… 一度はアレックスと自分を隔てた海……そして、バリーと偶然に逢った海……
  フロリダの海は、英仏海峡とちがって抜けるように明るい。 でも、どの海も結局は一連なりにつながっているのだ。
  ルイーズは両手で水をすくった。 水はきらめいて指の間から逃げた。 空っぽになった手を見つめながら、ルイーズははっきり自覚した。
( 私は寂しい。 本当に、骨の髄まで寂しい )
  砂浜の真ん中へんまで歩いてきたとき、その眼にはっとするものが映った。
  それは、アレックスだった。 最高級のスーツに身を固めた実業家オーウェル氏ではなく、ルイーズの好きなアレックス、6年前の彼だった。 洗いざらしのジーンズと、よれよれの上着を見て、ルイーズの足は金縛りになった。
  アレックスは、ゆっくりと近づいてきた。 そして、数歩離れたところで止まり、かすかに上ずった声で言った。
「やあ、めがねちゃん」


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