そこでサー・チャールズは立つ位置を変え、思い切って口にした。
「ルイーズ、今こんなことを言うのは不適当だ。 しかし……アレックス君はまだ独身を通している。 もしわたしが……」
「お父様が、何ですの?」
ルイーズは、疲れた優しい口調で問い返した。
「6年前は6年前でしかありません。 独りぼっちだったアレックスは、今では立派な青年実業家で、引く手あまたになってます。 もう彼には私は必要ありません」
「どうしてそう決められるのかね? もし……」
「いいえ、わかるんです、私には。 それに6年前だって…… お父様、6年前にアレックスは私を愛していると言いましたか?」
サー・リチャードは途方に暮れた。
「結婚したいとはっきり言った」
「愛しているとは?」
「そういう言葉は使わなかったが、しかし」
「しかしも何もありませんわ」
ルイーズはきっぱりと遮った。
「愛し合っていなければ、結婚したくありません。 私はバリーと話し合って、お互いの仕事のために結婚したつもりでいました。 でもバリーは私を愛していたし、私もバリーを好きだったんです。 燃えるような大恋愛でなくても、大好きでした。
愛されるって、すばらしいことですね。 でも、本当に愛してくれる人にめぐり逢うのは、めったにない幸運です。 私はバリーを見つけました。 だから、それで充分です」
サー・リチャードは、静かに息をついた。
「おまえがそう考えるなら、余計なことはしないよ。 おまえが本当にそれでいいなら」
ルイーズは父に穏やかな微笑を向けた。
「ええ、いいんです。 お父様の気持ちがわかって、今はとてもうれしい、落ち着いた気分になりました」
バリーの死から1ヶ月が過ぎようとしていた。 事故からは5ヶ月が経過した。 そろそろ定期検診を終わらせようと病院を訪れて、かかりつけの医者に会ったとき、ベル医師は何度もためらったあげく、切り出した。
「あの……確かにもう健康体に近づきました。 ひとつの点を除いては」
「ひとつ?」
何かを感じて、ルイーズは緊張した。 その耳に、思いもかけない言葉が響いた。
「あの、つまり、まだあなたはお若い。 再婚なさるでしょうが、まことに残念ながら、おそらくお子さんはもう望めません」
秋も深まる頃だった。 ルイーズは劇団に休暇届を出して、フロリダに来た。 戦争はまだ続いている。 アメリカが遂に参戦したから、若者たちは続々と志願して、町にはいつもの秋よりいっそう身に凍みる風が吹きぬけていた。
波打ち際を歩きながら、ルイーズはぼんやり考えていた。 海…… 一度はアレックスと自分を隔てた海……そして、バリーと偶然に逢った海……
フロリダの海は、英仏海峡とちがって抜けるように明るい。 でも、どの海も結局は一連なりにつながっているのだ。
ルイーズは両手で水をすくった。 水はきらめいて指の間から逃げた。 空っぽになった手を見つめながら、ルイーズははっきり自覚した。
( 私は寂しい。 本当に、骨の髄まで寂しい )
砂浜の真ん中へんまで歩いてきたとき、その眼にはっとするものが映った。
それは、アレックスだった。 最高級のスーツに身を固めた実業家オーウェル氏ではなく、ルイーズの好きなアレックス、6年前の彼だった。 洗いざらしのジーンズと、よれよれの上着を見て、ルイーズの足は金縛りになった。
アレックスは、ゆっくりと近づいてきた。 そして、数歩離れたところで止まり、かすかに上ずった声で言った。
「やあ、めがねちゃん」
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