部屋の空気が一瞬のうちに凍りついた。 ついにルイーズは、タブーを取り払ったのだ。
内心の動揺を毛筋ほども見せずに、グロリアは娘にまっすぐ視線を据えた。
「親戚? 似ても似つかない親戚ね」
「お母さんから見れば、そうかもしれないわね」
「まだあの男の本性がわからないの? それなら教えてあげる。 アレックス・オーウェルはキャサリン・メイヤーズという金持ち娘と出歩いてるわ。 婚約間近だという噂よ」
「知ってるわ」
ルイーズは、母親が歯ぎしりしたくなるほど淡々と答えた。 流産以来、周囲のできごとが驚くほど遠くに思える。 何を聞いても心がうつろで、うまく意識に取り入れられなかった。
「メイヤーズさんは三代続いた名家の出よ。 お似合いだわ」
バンという音をさせて、グロリアはバッグをテーブルに置いた。
「私の言った通りになった。 さあ、認めなさいよ! あの男は歯の浮くようなセリフを並べていたのよ。 許してくれ、必ず迎えに行く、待っていてほしい、とか何とか」
「どこに?」
ルイーズが、不気味なほど静かな声で尋ねた。
「どこにそんな言葉があったの? 絶対受け取っていないとお母さんが断言した、手紙の中に?」
グロリアの口元が石のようになった。 答えない母に、ルイーズは激しく言葉を叩きつけた。
「未成年者に来た手紙は、渡すのも焼くのも親の権利――お母さんはそう思っていたんでしょう? さも私のためを思ったように。 でも違う。 本音は私を不幸にしたかったのよ」
「私の年になってごらん。 よく世間がわかるから」
不意にルイーズは短い笑い声をあげた。
「お母さんの世間なんて、どこにあるの! マネージャーには怖がられ、付き人は長続きしなくて、おまけに娘にはこんなに嫌われて!」
グロリアの指が、襟の毛皮をぎゅっと握った。
「親不孝者!」
「愛さなきゃ、愛されないのよ、お母さん」
懸命に心を静めて、ルイーズは声を普段の高さに戻した。
「子供時代、アレックスは私のたった一つの生きがいだった。 お母さんは何も知らない。 普段は私を邪魔にしていて、時々不意に命令したり干渉したりするの。 それも決まって、一番してほしくないことばかり。
確かに、憎い男の子供を育てるのは嫌だったでしょうね。 その気持ちがわかるから、私はこれまで黙って従ってきたわ。
でもお母さんは私の家族じゃない。 私はとっくの昔に、よそに心の拠り所を見つけていたわ。 私を気にかけてくれて、辛いときそばにいてくれて、眼が合うと微笑みかけてくれる、そういう人をね」
ルイーズの視線が母親を外れて、天井近くをさまよった。
「アレックスは不良だという評判だった。 本当はわざと無愛想にして、人を寄せ付けなかっただけなんだけど。
彼が悪い評判を立てられたのは、立てる人がいたからなのよ。 たとえば義理の母のオーウェル夫人。 あの人は、実の子のショーンをネコっかわいがりしてアレックスを憎んだ。 そのわけが、つい最近になってやっとわかったの。 財産はほとんどすべて、アレックス一人のものだったのよ。
あの家族はアレックスが邪魔だった。 事故や事件にみせかけて殺そうとまでした。 だから成人するまでアレックスは、ここに戻ってこられなかった。
そんな事情、考えたことないんでしょう? お母さんは自分だけの『世間』に住んでいる。 誰も入れない、狭い場所に」
ルイーズの眼が細まり、きらきらした紺色の線に変わった。
「お母さんのせいで、アレックスは成人してもニューヨークに帰れなかった。 私に何通も手紙を出して、1つも返事が来なかったために、良心の呵責で世捨て人のようになって、何年もさまよい歩いたのよ。 一番華やかな青春時代を、アレックスは飯場やボロ船で重労働しながら過ごしたんだわ。 私が迎えに行かなかったら、今でも国境の山奥で線路を敷いていたでしょうね。
聞こえてる? お母さんは神様じゃないわ。 人を裁く権利はないのよ。 お父さんに裏切られたからといって、私が大事にしている男の人たちを苦しめる資格なんかないのよ!
アレックスの手紙を捨てて、彼から6年の月日を取り上げたことを、今さら責めてもしかたがないけど、もう一度同じ罪を犯すのを見過ごすわけにはいかない。 バリーはいい人よ。 本当にいい人なのよ。 第一印象はあまりよくなくても、知れば知るほどよさがわかってくるの。 私たち夫婦のことにかまわないで。 バリーをスキャンダルに巻き込まないで!」
グロリアはゆっくり立ち上がった。 上品な化粧の下に、蒼白な素顔が透けて見えた。
「いいえ、そうはいかないわ。 バリー・テイラーはインチキ男よ。 私は私のやり方でやるわ」
「お母さん!」
グロリアは毛皮のコートを腕にかけると、舞台から退場するように、ドアを大きく開いて出ていった。
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