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60 母の訪問


 ベルが鳴ったので付き添いのイレーヌを呼ぼうとして、ルイーズは思い出した。 今日は公休日なのだ。 やむなく、ルイーズはベッドを降り、用心深い足取りでドアに向かった。
「どなた?」
と問うと、思わぬ声が返ってきた。
「私よ。 早く開けて」
  母だ…… ルイーズは、一瞬何ともいえない気がしたが、ともかく鍵をあけて、グロリア・ケントを中に招き入れた。
  毛皮のコートを無造作にソファーに置いて、グロリアは立ったまま娘に向き直った。
「思ったより元気ね。 私は2日前にシスコから帰ってきたところ」
「そう、紅茶にする? それともコーヒー?」
「紅茶を、何も入れないでね」
  ルイーズがポットを持って帰ってくると、グロリアはソファーに腰をおろして眼を閉じていた。
「悲しまないのはいいことよ。 不仲の夫婦に子供はいらないわ」
  かちんときたのを押さえて、ルイーズはできるだけ穏やかに答えた。
「私達は不仲じゃないわ。 子供も欲しかったし」
「神のおぼしめしよ」
  グロリアは相変わらず冷たかった。
「どういうつもりであんな男を助けようとしたかわからないわ。 確かに器量はいいし、演技力もあるけど、それだけじゃないの。 すぐに別れなさい」
  それは頼みではなかった。 命令だった。 ルイーズは瞬きを忘れて母を見つめた。
「別れる? バリーと?」
「当然だわ」
  短く答えながら、グロリアは手袋をはめ始めた。
「弁護士が証拠を集めてくれています。 バリー・テイラーは派手に浮気しているから、勝訴は確実よ」
「お母さん……」
  不意にルイーズは、激怒で喉が詰まった。
「お母さんは、私からバリーまで取り上げるつもりなの!」
  グロリアの手が動きを止めた。 テーブルを回って、ルイーズは母のすぐ前に立った。
「そんなことはさせないわ。 バリーには指一本触れさせない。 血のにじむような努力をして一人で這い上がってきたあの人を、スキャンダルで元の大部屋に追い戻すようなまねは、絶対にさせないわ!」
  グロリアの頬が、少しずつ赤味を失っていった。 ルイーズは固く両手を握りしめていた。
  少し間を置いて、グロリアは濁った声でささやいた。
「おまえは私よりずっと頭はいいわ。 でも、頭がいいということと、悟りが早いということは、まったく別なのね。 おまえを見損なっていたわ。 バリー・テイラーみたいなつまらない男を、おまえ本気で愛しているの?」
  ルイーズの喉から、乾いた笑いが漏れた。
「お母さんの基準では、いったい誰がつまらなくない男なの?」
  グロリアは唇を引き締めた。
「おまえの周りにいた男では、そう、ミッキー・ステュワートね。 人間らしいのはあの人ぐらいのものだったわ。 それなのに、おまえは彼を受け入れないで、薄情者のバリー・テイラーを選んだ」
「選ぶ選ばないの問題じゃないわ」
  ルイーズはげっそりして言い返した。
「彼は友達。 他に好きな人がいたの」
「なぜ奪わないの!」
  ルイーズの眼が、暗い炎となって燃えた。
「なぜですって? まず第一に、ミッキーは私を恋の相手とはまったく考えてなかったわ。 そしてもう1つ、彼と特に仲よくしていた理由は、ミッキーがアレックスの親戚だったからよ!」


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