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53 話し合い



 ルイーズの髪に手を置いて、アレックスは重い声で言った。
「わかってると思うけど、下心はないよ。 信じてくれるね?」
  それを聞いて、正直なところルイーズはがっかりした。 声が自然に小さくなった。
「ええ……」
  アレックスも声を低めた。
「俺に何ができる? 教えてくれ」
  指の端で涙をはじいて、ルイーズは元気に答えた。
「こういう風に会えたら素敵だわ。 役者に親友はできにくいのよ。 人気という不安定なものに振り回されているから、どうしても人を信じきれないのね。
  でも、あなたといると落ち着けるの。 安心できるのよ」
「わかった!」
  アレックスの声が、はっとするほど明るく弾んだ。
「またここに来たいかい?」
「何度でも」
「いいぞ! 今度は釣りざおを持ってこよう。 釣りをしたこと、あるかい?」
「いいえ」
「教えてあげるよ。 結構楽しいよ」
  それからの一時間、2人はサンドイッチを食べ、散歩をして過ごした。 あっという間に時は経ち、日が傾きかけたのを見ても信じきれないほどだった。
  しぶしぶルイーズは帽子を被り、ヴェールを下ろした。 アレックスも風防眼鏡をかけてスカーフを口まで巻いた。
  ルイーズは、にこにこしながら冷やかした。
「深海魚みたい」
「君のヴェールこそ海草みたいだ」
  にぎやかにからかい合いながら、二人は車に乗り込んだ。 その中で、ルイーズはアレックスと連絡法を打ち合わせた。
「G洋裁店の予約ということにして、あなたの空いた時間をリストにして送ってね。 丸をつけて送り返すわ。 どう?」
「まるでスパイもどき」
と言って、アレックスはまた笑った。
  ルイーズは平気だった。
「スリルがあって楽しいわ。 それに、やましいことはないし。 誤解されるのを避けるだけだもの」
  アレックスは笑顔を消し、数分間無言で進行先の道をにらんでいたが、カーブを切った直後に、不自然な声を出した。
「君のご主人に知られたら、騒ぎになるかい?」
  ルイーズは思わず笑い出してしまった。
「バリーに? いいえ。 世間にいろいろ言われなければ、全然気にしないでしょう」
  アレックスはもう一度カーブを切った。
「俺のことを話す?」
「いいえ」
  自分でも意外なほど、ルイーズはきっぱりと言った。
「私たち、お互いに干渉しないのよ。 相手の過去には立ち入らないの。 バリーがイギリスでどんな暮らしをしていたか、私は知らないわ。 知りたいとも思わないし」
  アレックスは頭をかしげた。
「新しいタイプの夫婦なのかな」
「さあ、どうかしら。 同じ仕事をしていると、できるだけ割り切った関係にしないと続かないみたいね」
「舞台では息がぴったり合ってるんだってね」
  ルイーズは微笑した。
「それは私のほうの問題じゃないわ。 バリーは他の人とやると喧嘩になっちゃうのよ。 でも私には、いくら怒鳴っても手ごたえがないんですって」
「怒りっぽいんだね」
「そうでもないわ」
  ルイーズは考え込んだ。
「何と言えばいいのか……そう、一本気なんだわ。 正しいと信じたことをさっとやって、周りにおかまいなしなの。 だから、これが正しいと説得できれば、すぐに実行してくれるわ。 ただ、説得する根気があればだけど」
「わがままじゃないらしいね」
「全然わがままじゃないわ。 納得がいけば、演出家の言うとおりできるまで、倒れても練習するの。 理想の演技者に一歩でも近づくことが、バリーの夢なのよ」
「英雄的だな」
  少しの皮肉もなく、静かにアレックスが言った。 ルイーズは首を振った。
「そういうのでもないわ。 好きなことを一直線にやってるの。 言い方は悪いかもしれないけど、子供のようにね」
  アレックスは、ちらっと笑顔を見せた。
「とても客観的な見方だね」
  まっすぐ前方を見詰めながら、ルイーズはあっさり答えた。
「恋に目がくらんでいるわけじゃないから。 私たち、愛し合って結婚したんじゃないの。 たまたま、というか、いろいろ思いがけないことが起こって、気がついたらそういうことになっていたの」
  その瞬間、ルイーズは凄い勢いで前にのめった。

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