ルイーズの髪に手を置いて、アレックスは重い声で言った。
「わかってると思うけど、下心はないよ。 信じてくれるね?」
それを聞いて、正直なところルイーズはがっかりした。 声が自然に小さくなった。
「ええ……」
アレックスも声を低めた。
「俺に何ができる? 教えてくれ」
指の端で涙をはじいて、ルイーズは元気に答えた。
「こういう風に会えたら素敵だわ。 役者に親友はできにくいのよ。 人気という不安定なものに振り回されているから、どうしても人を信じきれないのね。
でも、あなたといると落ち着けるの。 安心できるのよ」
「わかった!」
アレックスの声が、はっとするほど明るく弾んだ。
「またここに来たいかい?」
「何度でも」
「いいぞ! 今度は釣りざおを持ってこよう。 釣りをしたこと、あるかい?」
「いいえ」
「教えてあげるよ。 結構楽しいよ」
それからの一時間、2人はサンドイッチを食べ、散歩をして過ごした。 あっという間に時は経ち、日が傾きかけたのを見ても信じきれないほどだった。
しぶしぶルイーズは帽子を被り、ヴェールを下ろした。 アレックスも風防眼鏡をかけてスカーフを口まで巻いた。
ルイーズは、にこにこしながら冷やかした。
「深海魚みたい」
「君のヴェールこそ海草みたいだ」
にぎやかにからかい合いながら、二人は車に乗り込んだ。 その中で、ルイーズはアレックスと連絡法を打ち合わせた。
「G洋裁店の予約ということにして、あなたの空いた時間をリストにして送ってね。 丸をつけて送り返すわ。 どう?」
「まるでスパイもどき」
と言って、アレックスはまた笑った。
ルイーズは平気だった。
「スリルがあって楽しいわ。 それに、やましいことはないし。 誤解されるのを避けるだけだもの」
アレックスは笑顔を消し、数分間無言で進行先の道をにらんでいたが、カーブを切った直後に、不自然な声を出した。
「君のご主人に知られたら、騒ぎになるかい?」
ルイーズは思わず笑い出してしまった。
「バリーに? いいえ。 世間にいろいろ言われなければ、全然気にしないでしょう」
アレックスはもう一度カーブを切った。
「俺のことを話す?」
「いいえ」
自分でも意外なほど、ルイーズはきっぱりと言った。
「私たち、お互いに干渉しないのよ。 相手の過去には立ち入らないの。 バリーがイギリスでどんな暮らしをしていたか、私は知らないわ。 知りたいとも思わないし」
アレックスは頭をかしげた。
「新しいタイプの夫婦なのかな」
「さあ、どうかしら。 同じ仕事をしていると、できるだけ割り切った関係にしないと続かないみたいね」
「舞台では息がぴったり合ってるんだってね」
ルイーズは微笑した。
「それは私のほうの問題じゃないわ。 バリーは他の人とやると喧嘩になっちゃうのよ。 でも私には、いくら怒鳴っても手ごたえがないんですって」
「怒りっぽいんだね」
「そうでもないわ」
ルイーズは考え込んだ。
「何と言えばいいのか……そう、一本気なんだわ。 正しいと信じたことをさっとやって、周りにおかまいなしなの。 だから、これが正しいと説得できれば、すぐに実行してくれるわ。 ただ、説得する根気があればだけど」
「わがままじゃないらしいね」
「全然わがままじゃないわ。 納得がいけば、演出家の言うとおりできるまで、倒れても練習するの。 理想の演技者に一歩でも近づくことが、バリーの夢なのよ」
「英雄的だな」
少しの皮肉もなく、静かにアレックスが言った。 ルイーズは首を振った。
「そういうのでもないわ。 好きなことを一直線にやってるの。 言い方は悪いかもしれないけど、子供のようにね」
アレックスは、ちらっと笑顔を見せた。
「とても客観的な見方だね」
まっすぐ前方を見詰めながら、ルイーズはあっさり答えた。
「恋に目がくらんでいるわけじゃないから。 私たち、愛し合って結婚したんじゃないの。 たまたま、というか、いろいろ思いがけないことが起こって、気がついたらそういうことになっていたの」
その瞬間、ルイーズは凄い勢いで前にのめった。
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