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52 ふたりだけのピクニック


 数日後、ルイーズはファンレターの中にアレックスの名前を見つけ、大急ぎで封を切った。 それは、走り書きの、ごく短い手紙だった。

 『大好きなルイーズ
  話の続きをしたい。 時と場所を指定してくれ。 どこへでも行く。 頼む。
       君の友 アレックス』
 
  水曜日の午後、ルイーズは服の仮縫いをすると言って家を出た。 その洋服屋だと歩いていける距離にあるからだ。 しかし実際には通りを反対側に回り、市電を使って郊外に出た。 そして、ヴェールをかけた姿で木陰に座っていると、車が来て横に止まった。
 ルイーズは胸を弾ませて助手席に乗り込んだ。
「かわいい車ね」
「中古なんだよ。 でも頑丈だ」
  顔が半分埋まったスカーフを緩めて、アレックスは微笑した。
「もう少し行くと小川がある。 ピクニックにはもってこいだ」
「ピクニック!」
  思わずルイーズの声が上ずった。
「すてきねえ。 私、ピクニックなんてしたことがないの」
  アレックスは上手にハンドルを切り、ゆっくりした口調で言った。
「よく来てくれたね」
  ルイーズは答えられなかった。 アレックスは言葉を継いだ。
「サンドイッチを作ってもらってきた。 食べるかい?」
「もちろん!」
  ルイーズは楽しげに言った。

  柔らかい草の上に座って、アレックスはしばらく無言だった。 光を反射してきらめく水面を眺めながら、ルイーズもぼうっとしていた。
  やがて、アレックスは意を決して振り返り、やや硬い声で言った。
「俺が手紙を出したこと、信じてくれるかい?」
「信じるわ」
  答えながら、ルイーズは小川に小石を投げ入れた。 川面が縮れたように揺れ、驚いた魚が尻尾をひらめかせてもぐっていった。
「母はそんなもの受け取っていないと言ったけど、私は母よりあなたを信じるわ」
  アレックスは膝を立て、その上に肘を乗せて、手のひらに顎を埋めた。
「ありがとう」
  それから彼は、また沈黙した。 いかにも話しにくそうなので、ルイーズは先に声を出した。
「言いたくなければ無理に言わないで。 もう5年も前のことだもの。 今日を楽しみましょう。 過去を忘れて」
  昼間で、それにちゃんと眼鏡をかけていると本当によく見える、とルイーズは思った。 アレックスの引き締まった口元も、いくらかこけた頬の線も。 大人の男の顔になった、とルイーズは感じ、一抹の寂しさを抱いた。
  アレックスは、手から顔を上げて、ふっと微笑した。
「そうだな。 過去は過去だ。 今日はいい天気で、君は俺のそばにいる」
  胸が苦しくなって、ルイーズは不意に立ち上がった。
「あなた、結婚した?」
「いや!」
  鋭い返事が返ってきた。 ルイーズはいくらかほっとして、彼と並んで腰を下ろした。
「ショーンから私のこと聞いた?」
「いや」
  これも否定だった。 ルイーズは小さな白い花をつまんで、じっと見入った。
「この間、41番街の外れでばったり会ったの。 さんざんあなたの悪口を言っていたわ。 財産を独り占めにして弟を放り出したとか、そんなようなことを。 人と会う約束があるからって言っても、ずっと一人でしゃべりつづけてるの。
  本当に芝居の打ち合わせがあっていらいらしてたから、横から荷馬車が来ることを教えてやらなかったの。 水溜りがちょうどそこにあることもね。 彼、背中の真ん中までハネを上げられて、びしょびしょになっちゃったの」
  アレックスは喉の奥で笑った。
「あいつは君といるとよくびしょ濡れになるね」
  そう言えば――前にプールに突き落としたことを思い出して、ルイーズも笑った。
「気をつけてね、アレックス。 口から出任せ言ってるだけなんだけど、あんなに言いふらすと信じる人間が出てくるわ」
「俺は昔、評判悪かったしな」
  アレックスは平然と言った。 そしてルイーズの手を軽く握り、結婚指輪に視線を落としながらつぶやいた。
「あいつは大丈夫。 クラレンスが見張っている」
「クラレンスって不思議な人ね」
  オーウェル家の運転手だったにもかかわらず、アレックス一人に忠実だったクラレンス。 今考えると、まるでアレックスを護衛していたような……
  アレックスが、ルイーズの手を取ったまま立ち上がったので、自然に彼女を引き上げる形になった。
  彼は、ためらいがちにささやいた。
「あの……君は今、幸せかい?」
  ルイーズの指がこわばった。 アレックスのぎこちない声が続いた。
「この間のパーティーで、ふっと思ったんだ。 気を悪くしないでくれ。 ただ……辛いことがあったら俺に話してくれないか?
  俺は君に借りがある。 一番必要なときに君を独りぼっちにして、退学に追い込んでしまった」
「違うわ!」
「違わないよ、ルイーズ。 俺は君を不幸にした。 償いをしたいんだ。 力になれるなら、なりたいんだよ」
  ルイーズは思わずアレックスに寄りかかって、肩に顔を押しつけた。

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