ルイーズが返事をする前に、市長が大急ぎで口を出した。 彼女が滅多に踊らないのを知っていたからだ。 一方市長には、次の選挙でぜひともオーウェル財団の協力を得なければならないという切実な事情があった。
「それがいい、それがいい! ずっと立ちっぱなしでおじさんたちとの話ばかりで退屈だったでしょう。 我々年長者は若い人に楽しみを譲らなくては!」
アレックスは手を差し出した。 しっかりした指に触れたとき、ルイーズは体中におののきが走るのを感じた。
フロアに出るまで、2人はどちらも口を開かなかった。 踊り始めてからも、しばらくは無言のままだった。
それから、アレックスが低く囁いた。
「帰ってきたよ、ルイーズ」
「そうね、帰ってきたのね」
睫毛にたまった涙をきらめかせて、ルイーズは微笑した。
「お父様、なくなったんですって?」
「そう、3ヶ月前にね」
少しためらってから、ルイーズは思い切って尋ねた。
「後を継ぐのはショーンだという噂が広まってたんだけど……」
アレックスは、いくらか間を置いて答えた。
「会社と土地は父のものじゃなくて、僕の母のものだったんだよ」
ルイーズの足が不意に止まった。 それでアレックスも止まらないわけにはいかず、2人は踊りの輪の中に、一組だけ取り残された。
アレックスが見ると、ルイーズは唇まで真っ青になっていた。
「そうだったの! じゃ、あなたの命を狙っていたのは……」
とても口に出せなくて、ルイーズは眼を閉じた。 彼女を腕で支えてフロアを離れながら、アレックスは呟いた。
「君にはすぐわかるだろうと思ったよ。 だから話せなかったんだ。 証拠があるわけじゃないし」
「ひどいわ! ひどすぎる!」
「父は再婚した。 下に子供もできた。 好きになった女の子供に財産をやりたいと思うのは、ある意味仕方がないさ」
ルイーズはぱっと目を見開き、燃えるような視線をアレックスに据えた。
「仕方がないですって? はっきり言うわ。 あなたとショーンを比べて、ショーンの方を可愛がる親なんて、馬鹿としか言いようがないわ」
アレックスはあわててルイーズの腕を少し強く掴んだ。
「興奮しないで。 俺のためにそんなに怒らないでくれよ」
そのとき、離れたところからはらはらして見守っていた市長が、さりげなく割り込んできた。
「マレーさんはお疲れのようだ。 あちらでカクテルでもどうですか?」
そっとルイーズの腕を離し、アレックスはさりげなくつくろった。
「失礼しました。 ええと、テイラー夫人」
ルイーズは必死で微笑しようとした。
「テイラーは夫の芸名なんです。 ですからミス・マレーとお呼びください」
女優は私生活で結婚していても、芸名にミスをつけて呼ぶ習慣があった。 だが、ルイーズがアレックスにそう頼んだのは、せめて呼び名だけは昔と変わらずにいたいという、ささやかな望みの表れだった。
5分後、バリーが傍にやってきたとき、 ルイーズはハンカチを目に当てていた。 バリーは一瞬立ち止まり、それから大股にルイーズに近づいて額に触れた。
「熱はないようだな」
「大丈夫。 ちょっと目まいがしただけなの」
バリーはそっけなく言った。
「やっぱり来るんじゃなかった。 さあ、帰ろう」
「そうね」
ルイーズは力なくうなずき、バリーに連れられて外に出た。 車を門番が呼んで来るのを待っている間に、バリーは一段とそっけない口調で言った。
「踊ったりするからいけないんだ。 ダンスは嫌いだと言ってただろう?」
ルイーズはびっくりした。
「私が踊ったのに気付いていたの? 珍しいわね。 いつも私が何をしていても気にかけないのに」
「たまたま目に入ったんだよ」
と、バリーは早口で言い、いらいらと足を踏み替えた。
「門番のやつ、何をしているんだ。 えらく遅いな」
「落ち着いて。 まだ2,3分しか経ってないわ」
「うるさい!」
バリーの一喝で、ルイーズは口をつぐんだ。 別に恐れたわけではないが、彼がへそを曲げたときには放っておくにかぎるのだった。
間もなく車が来た。 押し込まれるようにして乗りかけたとき、ルイーズはびくっとして動きを止めた。 門の横の暗がりに、ぼんやりと人影が見える。 直感的にアレックスとわかった。
「早く乗って!」
バリーが叱りつけるように言った。 ルイーズはやむなく乗り込んだが、カーテンをそっと持ち上げて外を見るのを忘れなかった。
それは確かにアレックスだった。 車が動き出して少しすると、彼は街路に姿を現し、ゆっくりとコートを羽織った。 ルイーズはガラス窓に額を押し付けて、目を閉じた。
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