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46 合意結婚


 新聞の芸能欄はともかく、ゴシップ雑誌の記事はルイーズの思惑通りにはなってくれなかった。 ミッキーとの華やかな噂と不自然な引退、その直後の相手役との交際。 ルイーズ・マレーはミッキーを失ってやけになって、そばにいた男との恋に逃げ込んだのだという論調が主役だった。
  これでは、すぐ別れたりしたらバリーの立場がなくなる。 ルイーズは努めて彼のそばにいるようにした。 そして間もなく、バリーに対する認識を改め、彼の人間性に好意を持つようになった。
  バリーは確かに皮肉屋で、愛想がなく、ときには傲慢でさえあった。 しかし、同時に彼はまっすぐな性格で、勇気があり、大変な努力家だった。 尊敬できる人だったんだ、とルイーズは思い、次第にバリーといることが楽しくなりはじめた。
  この人はいい人だ、私にもフェアに振舞った、と感じたとき、ルイーズはある決心をした。 もう一人でいることに耐えられなかったのだ。
 
 『マリーン・スノウ』という高級レストランで食事をした、ある春の晩、ルイーズは帰りの車の中で、手袋をはめているバリーに提案した。
「ねえ、バリー。 さいわい私とのことで、あなたの人気が落ちるようなことにはならなかったみたいね」
「それどころか」
  バリーは笑った。
「有名になっちゃって、映画に出ないかという話が来たよ。 断ったけどね」
  目を上げて、ルイーズは彼の表情を素早く見て取った。
「笑ってるのね」
  さっとバリーの笑顔が引っ込んだ。
「変か?」
「いいえ。 ただ、あなたは笑った顔をほとんど見せないから」
「僕だって笑うことぐらいあるさ」
  うなずくと、ルイーズは思い切って切り出した。
「笑うってことは、私といて不愉快なわけじゃないのね」
  バリーは瞬きして、手袋に指をぎゅっと押し込んだ。
「まあね」
「じゃ、ずっと一緒にいてくれない?」
  バリーの動作が止まった。 沈黙が耐え難いほど続き、やがてルイーズがしびれを切らした。
「わかったわ。 聞かなかったことにして」
  とたんにバリーは息を吹き返した。 そして、いつもの精悍さで向き直ると、荒々しい早口で言った。
「そうはいかない。 君が言い出したんだからな。 後で後悔しても知らないぞ」

  バリーにはアメリカに親族がなく、ルイーズは母を招待したくなかったので、結婚式は郊外の小さな牧師館でひっそり行なわれた。 しかし、発表はいやでも派手になった。 雑誌は式直後に牧師館から出てきたバリーを評して、『勝ち誇っていた』と書いたが、実は単に戸惑っていただけなのを、ルイーズは知っていた。

  この結婚には、さまざまな反応が巻き起こった。 グロリア・ケントは大反対で、表向きは不機嫌な沈黙を守り、ルイーズには辛辣な言葉を投げつけた。
「馬鹿な子! あんたは上昇志向の男の踏み台にされたのよ」
「踏まれてもかまわないわ。 私だって彼を利用しているかもしれないでしょう?」
  グロリアは鼻で笑った。
「あんたが? 前にも男に騙されたあんたが?」
  ルイーズの目がきらめいた。 すっくと背を伸ばすと、ルイーズははっきりと母に宣言した。
「バリーは私が選んだ人よ。 お母さんには関係ないの。 私はもう成人した大人よ。 かまわないで」



47 また会う日




 秋になって、アニーは情報通のジョーイから、耳寄りな話を聞き込んだ。 カナダとの国境付近で単線の線路を敷いている工事現場があり、怪我人が多いのでそこに派遣されていた医者の卵が、サンディと呼ばれている大男に出会ったというのだ。
  大男で力があり、喧嘩好きではないが、やれば非常に強い。 何もかもぴったりだ! アニーはその情報を聞いた翌日に、やみくもに汽車に飛び乗った。

  工事現場は想像以上にがさがさしていて、開拓時代に逆戻りしたような粗末な木造の小屋が汚らしく並んでいた。 にわか作りの駅にぴょんと飛び降りると、アニーはさっそくきょろきょろし始めた。 そして間もなく駅長らしい男を見つけ、袖を捕らえるようにして尋ねた。
「線路の拡張工事はどの辺でやってますか?」
  答える代わりに、駅長はまじまじとアニーを見た。 それから耳元に口を寄せて言った。
「悪いことは言わない。 すぐに着替えなさい。 一番地味な服を着てヴェールを被るか、男の身なりができればもっといい。 あんたは、はっきり言ってきれいすぎるよ。 ここの男たちには目の毒だ」

  着替えると約束して、アニーはようやく現場を教えてもらった。
  駅長室の奥で服を借りて替えた後、アニーはまっすぐ目的地に急いだ。 何でもただちに実行するというのが、アニーの持って生まれた性分なのだ。 
  ところが、それがこの際にはちょっと困ったことになった。 というのは、ちょうど工事現場がたまの休日で、工事人たちはドサ回りの慰安ショー、つまりストリップを見ていたからだ。 みんなあの小屋にいるよ、と言われて飛んでいったアニーは、中に入ったとたん、赤面してしまった。
  小屋の中は、煙草の煙と酒の臭い、それに下品な野次で大変だ。 さすがのアニーも人捜しどころではなく、15分持たずにノックアウトされて、外に逃げ出した。
  そこへ子供が駈けて来た。 まだ7,8歳だが、一人前に帽子をあみだにかぶって、要領のよさそうな顔をしている。 ズボンをはいて帽子を目深に下げたアニーを少年と思ったらしく、気軽に声をかけてきた。
「よう、新しく来た走り使いかい? かわいい顔してるな。 気つけないと襲われるよ」
  ポンとお尻を叩かれて、アニーはぎょっとなった。 これは本当にまずいところに来てしまったかもしれない。 一刻も早くサンディを見つけなければ。
  アニーはかがみこんで男の子に銅貨を握らせ、早口でささやいた。
「いい子だ。 あの小屋に行って、サンディを呼んできてくれないか?」
  男の子は吹き出した。
「よせって! サンディはあんなところには行かねえよ。 女の裸見るくらいなら馬のケツ見てるほうがずっといいんだってさ」
「じゃ、どこにいるんだい?」
  たちまち男の子はずるそうな目になった。
「会いたいんだろう? 案内してやるから、いろをつけな」
「いろって何?」
  アニーは思わず育ちを暴露して、大いに軽蔑された。
「いろも知らねえのか。 ニッケルをもう一枚だよ」
「あ、わかった」
  アニーはいそいそと金を渡した。

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