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40 舞台初日



  劇場は花で飾られ、初日の華やぎにあふれていた。 アニーは、上半身の露出度がやたらに高い婦人たちのドレスに驚き、いちいち大声で感心して、何人もに睨みつけられた。
  サンディはにこにこしていた。 この前新調したタキシードは、まだ大きくなると思ったのか、今度はぶかぶかで、歩くたびに不格好な皺が寄った。
  劇場のロビーで、アニーは思ってもみなかった人に出会った。 それは何と、テンプル夫妻だった。
  グリーンのドレスをまとい、眼を見張るほど美しくなったアニーは、セアラに発見された。 とたんに夫人は眼を吊り上げて、つかつかとアニーに近づいた。
  一瞬目をむいたアニーは、すばやく体勢を整えた。
「まあ、テンプルのおばさま、いつアメリカにお帰りでしたの?」
  セアラは、最初から戦闘的だった。
「イライザ、あなたまだ性懲りもなくロビンを追いかけ回しているの?」
  この言いがかりに、アニーは火を吹いた。
「とんでもない! 婚約者と2枚分、彼が券を送ってくれたんです」
「婚約者?」
  一瞬きょろきょろして、セアラは目を険しくした。
「馬鹿おっしゃい。 そんな人、どこにいるの?」
  そうだ! またサンディのやつ、逃げてしまった!――歯ぎしりしながら、アニーはバッグから券を出して、セアラの目の前に突きつけた。
「彼は席の方にいます。 これを見てください。 確かに招待券でしょう?」
  確認したとたん、セアラは顔を真っ赤にした。
「鬼の首でも取ったようね。 こんなもの、こうしてやるわ!」
  言うが早いか、彼女は券を真っ二つに引き裂いてしまった。
「セアラ! いいかげんにしなさい!」
  テンプル氏の太い声が響いた。 セアラは、目を押さえて客席の中へ駆け込んだ。
  テンプル氏は、惨めな表情でアニーを見た。
「あれは、一週間前にヨーロッパから戻ってきた。 戦争が激しくなったためだが、ニューヨークに着いてすぐロビンの絵を描いた看板を見て、それ以来劇場に入り浸りだ。 あの子の下宿にまで押しかけたらしい」
  テンプル氏は額に手を当てた。
「我慢できなくなったのだろう。 ロビンがようやく手紙をよこした」
  同情の眼差しで、アニーは仲良しの叔父を見上げた。 テンプル氏は深い溜め息をついた。
「初日だけは見せてやって、ニュースワンシーに連れて帰る。 他に方法がないからね」


  叔父と別れてから、アニーはサンディを探し回った。 しかし、彼はまた煙のように消えてしまっていた。 あきらめて、アニーは一人で芝居を見ることにした。
  ミッキー・ステュワートはすばらしかった。 輝かしく、清潔で、しかもユーモラスな演技をちゃんとこなしている。 アニーは感動を覚えると同時に、可憐なルイーズとの息があまりにもぴったりなのに不安を覚えていた。
  ふたりはどちらも不思議なほどの光を放っていた。 言いたくはないが、ジェーンはルイーズと並べば、かすんで見えるだろう。 まずいな、これは――アニーは一人気をもみ続け、終いにかんしゃくを起こしそうになった。
  こんなに落ち着かないのはサンディのせいだ。 いつもいつも消えてしまうからだ!
 
  妙な不安は時間が過ぎるごとに大きくなった。 どうもただごとではない気がする。 舞台が終り、人々が総立ちで拍手する中を、アニーは一人抜け出して楽屋に行った。
  ところが、信じられないことに、ミッキー・ステュワートはカーテンコールをすっぽかして飛び出して行ってしまったというのだった。
  アニーは役者の一人を捕まえて尋ねた。
「ミッキー・ステュワートさんの住みかを教えていただけません? 友達なんです。 ご迷惑はかけませんから」
  警官の制服を着たその青年は、鋭い視線で、女優より美しいアニーを見返した。
「友達なら住所を知っているでしょう?」
  彼が誤解したことに気付いて、アニーは早口で付け加えた。
「友達というか、親戚なんです。 決して家に押しかけようというファンじゃありません。 ただ、どうしても今夜話したいことがあって。 胸騒ぎがするんです」
  青年は一瞬考えた。 それから低い声で言った。
「ここでの彼の友達はルイーズ・マレーです。 彼女に聞いてください」
  アニーは大いに戸惑った。
「でも、あの人はミッキーが好きなんじゃ」
  理想的な輪郭を持った青年の冷たいほどの美貌が、かすかな微笑みに揺れた。
「さあ、僕にはわかりません。 でもマレーさんは正しい人です。 人を見る目も僕よりよっぽどある。 あなたを信じたら、きっと力になってくれるでしょう」
  そのとき、華やかな衣装に身を包んだルイーズの姿が現れた。 照明係やメーキャップさんたちがどっと取り囲んで拍手している。 ルイーズが回りに愛されているのは確かなようだった。
  その姿を見たとたん、青年俳優は早足で去って行った。 歩いてくるルイーズの前に出ながら、アニーは心のどこかでぴんと来るものがあった。 あの若いきれいな男優は、ルイーズ・マレーにひそかな憧れを持っているにちがいない。
  暗がりから不意に出てきた、大輪の薔薇のような姿を見て、ルイーズは立ち止まった。 アニーは道をふさいで、低い声でルイーズに尋ねた。
「ちょっとごめんなさい。 大事なことなんです。 緊急の。 ミッキー・ステュワートに話をしたいんですが、もう帰ってしまったそうなので、住所をご存じなら教えてもらえませんか?」
  ルイーズが答える前に、不意に横から鋭い声がかかった。
「教えたりしないわよね? 妙なファンに彼はうんざりしてるのよ。 下宿にまで押しかけようなんて」
  かっとしたアニーは、余計なおせっかいをするその声の主をにらみつけようとして振り向いた。 だがそのとき、耳元で柔らかくやさしい声がした。
「アニー・デュヴァルさんですね?」
  びっくりして、アニーは邪魔者を忘れてしまった。 首をねじまげると、ルイーズはどこからか眼鏡を出してきてかけていた。
  目が合うと、ルイーズは微笑した。
「ミッキーはあなたを一番の親友だと言っていました。 喜んで住所をお教えします」
  アニーは大喜びで、ルイーズの手を取って感謝の印に大きく打ち振った。

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