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39 街角で


     アニーは新装開店のドレスショップから出てきた。 背後にサンディが、大きな紙箱を持って従っている。 まるで貴婦人とお付きみたいだが、実際は、アニーが照れくさいからやめてくれというのに、サンディが強引に荷物もちを引き受けてしまったのだった。
  2人はニューヨークに行く予定だった。 ミッキーが、ジェーンにやさしくしてくれたお礼に、と言って、新春公演の切符を2枚、送ってきたのだ。 それでアニーはサンディに持ちかけた。
 5日間勤務を離れて二人きりで旅行すると言う事は、婚約をはっきりとした形で世間に示すことになる。 アニーはサンディと結ばれた日に、彼と二人で生きていく決心をしていた。 サンディももちろんそれが望みだった。 ただ彼は、田舎の牧場にアニーが来てくれるかどうか、それを心配して、いやだったら言ってくれと何度も繰り返した。 アニーも同じぐらい繰り返して、自分も田舎育ちの農場の娘だと、口をすっぱくして言っているにもかかわらず。

  買い物は楽しい。 ボーイフレンドといると、いっそう楽しい。 えらく幸せな気分だったアニーは、サンディと並んで街を歩いていて、道の向かい側に立っているジェーンを見つけたとたん、はしゃいで声をかけた。
「ジェーン! もう旅行の支度できた?」
  ジェーンの背中が一瞬縮まった。 見ると、彼女は手に大きなアイスクリームを持っていた。 冬にアイスを食べるというのが流行りかけた頃で、道に屋台が出ていたのだ。
  そのコートの端を、小さな男の子が掴んでいた。 その子は、アイスクリームに手を伸ばして受け取ろうとしていたのだが、ぎょっとしたジェーンは、振り向こうとして、落としてしまった。
  男の子は、わっと泣き出した。 アニーは大急ぎで道路を渡り、ジェーンに詫びながら、アイスをもう1つ買った。 その間に、サンディは荷物を道のわきに置いて、幼児を軽々と抱き上げた。
「ほうら、君はこんなに大きくなった。 もう泣いちゃおかしいよ」
  高く持ち上げられて、男の子の涙は嘘のように乾き、手足をバタバタさせて笑い出した。 そして、降ろされてもサンディの手を離さず、長い指をぎゅっと握りしめたまま、舌足らずのかわいい声でたずねた。
「おじさん、ボクのパパ?」
サンディは、立ちすくんでいるジェーンを見ずに、膝をかがめて男の子と顔を近づけた。
「ママの友達だよ」
「そうなの……」
  男の子は寂しそうにした。 アニーは子供を見つめ、それからジェーンに視線を移した。 そして思わず鋭い声になった。
「彼に言っていないのね」
  ジェーンは、すがりつくような眼でアニーを見た。
「どうしても言えないんです。 あの人の人気にさわると思って……」
  アニーは危うく叫び出すところだった。
「あなたたちときたら、お互いを全然わかってないのね。 いい? ジェーン、あなたがこの子のことを隠していたのを知ったら、ミッキーはかんかんに怒るわよ。 あなたは彼からこんなにかわいい子を取り上げる権利はないのよ」
  ジェーンの眼に涙がたまるのを見て、サンディが立ち上がり、おだやかな口調で言った。
「アニー、ジェーンの生き方はジェーンが決めることだよ」
  アニーは憤然として向き直った。
「これがジェーンだけのことなら口出ししないわ。 でも遠く離れていると、わずかな誤解でも致命傷になるかもしれないのよ。 私はジェーンに幸せになってほしいの。 もちろんミッキーにも」
  サンディは静かに問い返した。
「ジェーンがそう望んでないと思うかい?」
  アニーは唇を噛んだ。 説明してやりたいが人の秘密だ。 釈然としないが、口を閉じるしかなかった。
  サンディは、まだ少年にまつわりつかれていた。 愛しそうに幼児の金髪を撫でながら、サンディはジェーンに尋ねた。
「これからどこに行くの?」
  ジェーンは小声で答えた。
「動物園に……。 前からねだられていたんです」
  それを聞いて、サンディは遠慮がちにアニーを見た。
「ね、アニー……」
  みなまで言わせずに、アニーはジェーンに近づいた。
「さっきは言い過ぎたわ。 ごめんなさい。 一緒に動物園に行っていいかしら。 私、この歳まで一回も行ったことがないの」
  サンディの顔が明るくなった。

  4人は賑やかに動物園の門を入った。 初めは、アニーの美しさと気の強さにおびえていた子供は、じきに彼女が自分と同じぐらい無邪気なのを知って、すっかりなついてはしゃぎ出した。 幼児の名前はロニーと言った。
  ロニーがサンディに肩車されてサルを見ている間に、アニーはジェーンとベンチに座って話した。
  ロニーは、普段は郊外の農家に預けられているということだった。 ジェーンはニュースワンシーに来たてのころ、その農家で手伝いをしていて、おかみさんが情に厚い人なので安心して任せているのだという。
  アニーはきっぱりと言った。
「やっぱりミッキーに言うべきよ。 今度ニューヨークに行ったときに必ず話してね」
  アリの肩がびくっと震えた。
「でもそれは……」
「遠慮も時と場合によるわ」
  アニーにしては珍しく忍耐強く、なんとかジェーンを説得しようとしていた。
「俳優は誘惑が多いそうよ。 ミッキーは意志の強い人だけど、世の中には男を手に入れるためには手段を選ばない女だっている。 彼をしっかり捕まえて。 ミッキーだってそれを望んでいるはずよ」
  ジェーンは、じっと足元を見つめた。 胸の中で、小さな勇気が湧き上がってきた。

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