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37 ピクニック


 2つの恋を応援しようとして、アニーは作戦を練った。 歯がゆいほどおとなしくて遠慮がちなジェーンが、ミッキーとの結婚に踏み切れないのは、おそらく彼の育ちの良さに気づいて、家族の反対を恐れているのだろうと見当がついた。 だからまず、お互いに何も知らないテンプル氏と引き合わせることを考えた。
  そして次に、フィービの恋は、ジョーイに彼女のよさをわかってもらうことに尽きた。 フィービは気さくな娘ではない。 それにわりと辛辣な言葉を吐くくせがあって、病院で高ぶっていると噂されていた。
  しかし本当は違うことを、今ではアニーは知っていた。 フィービは懸命に気を張って生きているだけなのだ。 傷つきやすい孤独な性格だが、決して根は悪くなかった。

  郊外での楽しいピクニック! それがアニーの思いついた計画だった。 美しい湖のほとりで爽やかに8月を楽しむ――うーん、最高じゃないか!
  アニーはさっそくサンディに相談した。
「あなたとジョーイと、それに最近さびしがってるデニーおじさん、女性陣はフィービと私と、それにミッキーの彼女のジェーン。 どう? 人数ぴったりだし、これだけいればいろいろ遊べて楽しいと思うんだけど」
  少し無言でいた後,サンディは優しく言った。
「僕はかまわないよ」
 
 他の仲間も、行きたいと言った。 ジェーンは最初しりごみしたが、アニーがぜひにと頼んだので遠慮がちにうなずいた。 テンプル氏は大いに喜んだ。 やはり寂しかったらしい。 セアラ夫人とはすでに別居状態で、夫人はヨーロッパ旅行に出てしまっていた。

  ところが、ピクニック当日になって、迎えに来た馬車の上にサンディの姿はなかった。 アニーは愕然とした。 ジョーイも首をひねって、
  「あいつ,いつの間にか部屋から消えてたんだ」
  と言った。
  このサンディの背信によって、ピクニックの第1目標は台無しにされた。 ジョーイはアニーに付きっきりになってしまって、フィービに見向きもしないのだ。 しかしフィービは、別に怒った風には見えなかった。 むしろ静かにジョーイを見守り、たまに話題を振られると、穏やかな態度で答えている。 そうよ、その調子――アニーは心の中でそっとエールを送っていた。
  第2目標のほうは、まずまず成功だった。 ジェーンはアニーのハイペースについていけず、遅れがちになっていた。 同じように息切れしているテンプル氏は、好んでジェーンのそばにいて、並んで歩きながらぽつぽつと話しかけていた。 なんだか気が合いそうなので、アニーはほっとした。

  やがて一行は湖に出た。 船着場は静かで、5隻ほどのボートが小波に揺れている。 近くに宿屋があったので受付で尋ねると、もともとは漁師の釣り船だが、夏の間は観光客に貸し出しているとのことだった。
  さっそく、2隻借りることにした。 ジョーイはアニーと乗れると思い、喜色満面だったが、アニーはさっと先手を打った。
「おじさまはジェーンを乗せてあげてくださいね。 私はちょっと胸がやけるから遠慮して、ジョーイ、フィービをよろしくね」
  なんとなくぎこちない4人を送り出した後、アニーは帽子で顔をあおぎながら、ぶらぶらと森に入った。 久しぶりに木の香りを楽しむために。
 
 木はいい。 木は大好きだった。 ふるさとの森に幾度心を慰めてもらっただろう。 泣きたいときは必ず森へ行った。 木は告げ口しないから、思う存分愚痴をこぼした。 弱音も吐いた。
  高い木の梢を見上げているうちに、その癖が出た。 アニーは小さくない声で独り言を言っていた。
「なんでだろう。 なぜサンディは消えるんだろう。 わけわかんない、ほんとに」
  だんだん腹が立ってきたので、森の奥に向かって怒鳴ってやった。
「バッカヤロー」
  とたんに上から声がした。
「ごめん……」
  あやうく腰を抜かすところだった。

  あわてて見上げると、大枝に座っているサンディが見えた。 もう口をきく気力が失せ、アニーは上目遣いでサンディを睨みつけた。
  大きな体のわりには器用に、サンディは幹を伝って降りてきて、アニーの横に立った。
  しかたなく、じっと睨んだまま、アニーは歯の間から唸った。
「ダグラス・アルガー・サンダース。 一体なぜこんな真似をするの?」
  サンディはすっと視線をそらした。
「苦手なんだよ。 上流の金持ち連中が。 どうしても付き合う気になれないんだ」
「デニーおじさんはいい人よ。 そんな高慢ちきな金持ちとちがうわ」
「いくらいい人でも駄目なんだ」
  何かを感じて、アニーは顔を上げた。 サンディの全身からにじみ出ているもの…… そうだ、恐怖だ! アニーは、信じられない気持ちで身を硬くした。
  サンディはおとなしいが勇敢な青年だ。 大学で初めて会ったとき、馬の前に飛び出して庇ってくれた。 それがなぜ、金持ちを……
(サンディ、何が怖いの?)
  アニーは訊いてみたかった。 だが本能的に、訊けば重大なことになるのを感じて、思いとどまった。
 その代わりに、アニーはわざと少し荒っぽく、サンディの腕を叩いた。
「わかった。 無理におじさんと仲よくしなくたっていいわ」
  サンディは目を閉じた。
「怒ってないね」
  アニーは彼の首に手をかけて、軽く揺すぶった。
「しょうのない坊やだと思ってる。 でも怒ってはいないわ、ほら」
  彼女はサンディを引き寄せ、唇を合わせた。

  長いキスが終り、彼の肩にもたれて見るともなくぼんやり小道を見やったアニーは、電気に打たれたようになった。 そこにはいつの間にか、ジョーイが立っていた。
  アニーに見つけられたのを知ると、ジョーイは向きを変えて静かに立ち去ろうとした。 アニーはサンディを離して叫んだ。
「ジョーイ! 待って!」
  サンディは動かなかった。 アニーはジョーイを追って10メートルほど走った。 ジョーイはそこで立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。 いくらか青ざめてはいたが、彼の表情は意外に平静だった。
「気付いていたんだよ。 少し前から」
  ジョーイの静かな声は、アニーの良心を貫いた。
「僕のほうも、気付いていて黙って彼を利用していたんだ。 君の友達でいたかったから。 だから、おあいこだ。 そうだろう?」
  アニーはかすかに首を揺らした。
「ごめんなさい、ジョーイ。 私はあなたを大事な友達だと思ってるわ。 あなただって、サンディをそう思ってるでしょう?」
  ジョーイの顔がやわらいだ。
「好きだよ。 ほんとにいい奴だ。 君は目が高いよ」
  そこで、彼の顔は泣き笑いに近くなった。
「僕には他の恋が必要だと、君は思ったんだね」
  アニーは胸が痛くなった。
「気を悪くしないで。 私のしたことは、かえってこじらせてしまったのかしら。 私はただ、フィービのよさをわかってほしかったの。 彼女は私みたいなガサガサのお転婆じゃないわ。 見たところ冷たそうだけど、苦労したから自分を守ろうという気持ちが強いのよ。 彼女は多くを望んでいないの。 ただ、友達を持って、気の合う人と打ち解けて…… つまり、あなたや私みたいな生活がしたいのよ。 青春時代の思い出にね」
  ジョーイの表情が変化した。 彼は後ろを振り返って、しばらく思案していたが、間もなく淡く微笑んでみせた。
「じゃ、仲間が一人増えたと思えばいいんだね」
  アニーはほっとした。
「そうなの」
「わかった」
  ジョーイはだいぶ元気を取り戻した。
「それじゃ先に戻ってるよ。 君達もすぐに来るよね。 みんな心配してるから」

  アニーが木の下に戻ると、一枚の紙が幹にピンで止めてあった。 それにはこう書いてあった。
『楽しいピクニックを壊してごめん』

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