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36 手紙



 間もなく発車のベルが鳴った。 だがロビンはまったく聞こえないように、柱の向こうでジェーン・ドリューと話し込んでいた。 心配になったアニーが注意しに行こうとしたとき、列車の中から若い娘が降りてきて、ロビンの肩を叩いた。
  我に返ったロビンは、ジェーンを一回強く抱きしめてから、大股で車両に乗った。 車掌が発車の合図をして、汽車は煙を吐きながら駅を離れた。
 
  憤慨したファンの女の子が、横を通りながら聞こえよがしに言った。
「なによ、あの女たらし。 あっちこっちで立ち話しちゃってさ。 たった3日で相手が2人も!」
「3人よ。 ほら、さっき降りてきた美人、あれルイーズ・マレイでしょ? あの人が本命なんだって」
  アニーの足が止まった。 そういえばさっきの娘…… あれはただの美人ではなかった。
  ジェーンはいつの間にか姿を消していた。 一緒に帰ろうと思ったのに、と残念がりながら、アニーはゆっくり駅を後にした。
  その道中も考えていた。 あの子、ルイーズ・マレイ。 私が男だったら、きっとあの人に夢中になる――そう思えるぐらい、彼女は魅力的だった。 淡くいぶった金茶色の瞳、匂い立つようなしなやかさ、女っぽいにもかかわらず、『色気』という言葉の持つ品のなさはまるでない。 あんな矛盾した魅力を持つ女性に、アニーはこれまで会ったことがなかった。
  何か、胸騒ぎがした。


  ミッキーはいつも通り、ルイーズの隣りに席を取った。 ルイーズは何となく考えこんでいたが、汽車が動き出すとすぐに尋ねた。
「どっちが探していた人?」
  ミッキーはくすくす笑った。
「どっちだと思う?」
  ルイーズは少し間を置いて答えた。
「たぶん、柱のところにいた人」
「当たり!」
  ルイーズは前かがみになって溜め息をついた。
「いいなあ。 とうとう会えたのね」
  自分ばかりはしゃいでいたことに気付いて、ミッキーはやさしくルイーズの肩を叩いた。
「君も見つかるよ。 アレックスが君を手放すはずがないって」
  小さくうなずいて、ルイーズは無理に気を変えようとした。
「でも、ホームの真ん中に立ってた人も大変な美人だったわね。 まるでシャンデリアみたいに輝いてた」
「ああ、アニー」
  ミッキーはこともなげに言った。
「遠縁なんだ。 すっごくいい子だよ。 大好きだけど」
「だけど?」
「あれは本質男の子」
「え?」
「ガキ大将。 僕はずっと子分にされてた」
  ルイーズは思わず吹き出した。

 2日後、ジェーンは受け付けで手紙を受け取った。 差出人はM.S. ジェーンはそっと裏庭に行き、大きな木の陰で封を切った。
『大切な大切な僕のジェーン
  君を残していくのが心配でたまらない。 公演予定がこんなにぎっしり詰まっていなかったら、すぐニュースワンシーにとんぼ返りしたい!
  ニューヨークに戻ったらまた手紙を書く。 電話じゃ誰が聞いてるかわからないからね。 君を説得しきれなかった自分がくやしいよ。 どうしてもニューヨークへ来られないというなら、僕がそっちへ行く。 今度こそ逃げないでくれ!
          どこまでも君のミッキー』
  そっとその手紙に唇を押しあてたとき、肩をぽんと叩かれて、ジェーンはすくみあがった。
「すみません! すぐ勤務に戻ります!」
  手紙を大急ぎで折ってポケットに入れようとしているジェーンに、アニーの明るい声が聞こえた。
「おどかすつもりじゃなかったのよ。 ただ、通りかかったら姿が見えたから」
「はあ」
  ほっとして、ジェーンはあいまいに微笑した。 アニーは彼女の前に回り、不思議そうに尋ねた。
「ロビン、じゃなかった、ミッキーはすごく一緒に行きたがってたわよ。 行くのは嫌?」
「いいえ……」
  下を向いてしまったジェーンを見て、アニーはあわてて言った。
「またお節介しちゃったみたいね。 気にしないで。 ただ、彼が恋をしたのは初めてだから、応援したくなっちゃったの」
「初めて、ですか?」
  驚いて目を上げたジェーンに、アニーは確信を持ってうなずいてみせた。
「女の子なんて目に入ってないみたいだったから、これは一生だめかな、まで思ってたのよ。 そしたら何と、あなたにはまるで別人! なんかほっとした」
  ジェーンは喜ぶより、かえって肩身が狭いような気分になった。 ますますわからない。 ミッキーはなぜ自分なんかを特に選んだんだろう。

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