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35 告白されて



 ロビンの恋が連鎖反応を生んだ。 アニーにはそうとしか思えなかった。 対抗意識だろうかとちらっと感じたが、不意に胸が高波のようにうねったので、びっくりした。
  うれしいんだろうか――アニーは自分に素早く問いかけた。 どうもそうとしか思えない。 それなら……承知しちゃえ!
  常にアニーは決断が早かった。

  無言で、アニーはサンディの手を強く握り返した。 二人の眼が合った。 金髪は年を経て普通の茶色に変わってしまったが、今でもこれだけはロビンによく似た濃青色の眼が、口に出せない問をアニーの瞳に投げかけた。 アニーはそっとうなずいた。

  フィービは疲れきった足取りで廊下を歩き、ドアを開いた。 足が二倍の大きさに広がった気分だ。 一分でも早くベッドに倒れこんで眠りたかった。
  だが、部屋に入った瞬間、フィービの眼は皿のようになった。 眠気も何も吹き飛んでしまった。 サイドテーブルに載ったスタンドの明かりにぼうっと照らし出されたベッドの上で、2つの体が揺れている。 紅潮したアニーの顔があまりに美しかったので、フィービは思わず見とれた。
  間もなく、ザンディはアニーを抱きしめて眼を閉じた。 アニーの方は、かすかな溜め息をついて小さく伸びをすると、目を開いた。
  たちまちアニーは、ぱっと起き上がった。 サンディも彼女につられてドアの方を見た。 自分の立場に気がついたフィービは、見る間に真っ赤になった。
  アニーは、赤くなるよりも、怒った。
「フィービ! いつからそこにいたの!」
  フィービは口ごもって、つい正直に答えてしまった。
「途中から……」
  サンディはアニーに毛布をかけ、大急ぎでベッドをすべり降りて、超人的なスピードでズボンを身につけた。 フィービは懸命に床に視線を据えていた。
  シャツに腕を通しながら、サンディはベッド越しにフィービに必死で呼びかけた。
「フィービ、お願いだ。 今夜のこと、誰にも言わないと約束してくれないか」
  床を見たまま、フィービは答えた。
「言わないわ。 約束します」
「ありがとう!」
  声は、もう窓の外だった。

  フィービは、そろそろと自分のベッドに近づくと、唐突に座り込んだ。 そして、アニーがたまげたことに、両手で顔を覆って、わっと泣き出した。
  嗚咽の発作は長く続いた。 ようやく最初の激情が収まると、まだすすり泣きながら、フィービはアニーに手を伸ばした。
「ご……ごめんなさい……私……ずっとひがんでたの……あなたの相手は……ジョーイだと思って……」
  アニーは愕然とした。
(そうだったのか! かわいそうに、少しも察してあげなくて……)
  アニーは後悔に駆られて、フィービの手を取った。
「私とジョーイは友達なだけよ、フィービ」
「でも彼はあなたが好きなんだわ」
  フィービは切なそうにつぶやいた。 アニーは軽く彼女の手を叩いた。 姉になったような気分で。
「好きだと思いこんでいるだけよ。 私は全然彼向きじゃないもの。 私は乗馬とかアーチェリーとか、戸外で暴れまわることばかりしたがるじゃない。 まちがって結婚したらきっと1ヶ月で別居よ」
  フィービの表情が、少し明るくなった。
「そういえば……そうね」
「そうよ! だから、そんな暗い顔をしないの。 ジョーイは明るいのが好きなのよ。 服をもっと薄い色にして、笑顔になって……」
  アニーはすっかり夢中になった。
「今度4人でどこかへ行かない? そうだ! ピクニックがいいわ。 ジョーイに本当のあなたを見せてやりましょう」
  フィービは再び涙ぐんだ。
「アニー…… あなたって優しいのね」
  アニーは微笑した。
「そう言われたのは今週2回目よ。 私って本当にやさしいのかもしれないわね」

  翌日、あくびを押さえながら仕事をしていたアニーは、看護師仲間が立ち話をしているのを聞きつけた。
「明け方に帰ってきたの?」
「そうよ。 門の前でキスしてたの。 凄いキス! 息ができないんじゃないかと思うくらいだった」
「へえ! あのおとなしいジェーンがね」
「ジェーンもだけど、相手の人が大変なの。 引き止めて、なかなか離さないのよ」
「すてきねえ」
「その相手というのが、また凄いの! 目のさめるようなハンサムでね、金色の髪がきらきらして……」
「うそ! おおげさね!」
「本当だって! まるで俳優みたいな美形だったんだから!」
  本物の俳優だと知ったらびっくりするだろうな、とアニーは忍び笑いをもらした。


 3日間の興行を終え、リイス&ゴードン劇団はニュースワンシーを離れることになった。 その間、ミッキー・ステュワートは一度もロビン・テンプルに戻らず、まったく実家に連絡を入れなかった。 心配になったアニーは、その日の午後、思いついてコートを引っかけると、駅に急いだ。
 
  駅は人でごったがえしていた。 劇団を見送るファンが多い。 ロビンは、若い娘たちに囲まれて、不安そうに辺りを見回していた。
  アニーはつかつかと彼に近寄り、大声で呼びかけた。
「ロビン!」
  娘たちは一斉にアニーを見つめた。 ロビンもはっとして振り返り、ファンの輪を抜け出して、こっちに来た。
「やあ」
  アニーは彼の腕を取ると、うむを言わさずベンチの方へ引っ張っていった。
「やあじゃないわよ。 何年も手紙一本くれないで、どうなってるの?」
  ロビンは目を伏せた。
「わるい。 いろいろ事情があって」
「おじさまは、ずいぶん白髪が増えたわよ」
  ロビンの表情が硬くなった。
「今はうちへ帰るわけにいかないんだ。 父には悪いと思うが」
  アニーは彼の手をぎゅっと握った。
「でも、結婚通知は出さなきゃだめよ」
  ロビンはまたたく間に赤くなった。
「うん。つまり、結婚できたらね」
「何か障害があるの?」
「見てくれよ」
  ロビンは寂しげにプラットホームを指した。
「送りに来てくれないんだ」
  アニーはほほえんだ。
「あなた、ドリューさんのこと、あまり知らないのね。 彼女はとてもはにかみ屋で、インターンの中には彼女の声を聞いたことない人が何人もいるの。 でもそのドリューさんが私に、どうやったら『メリーウイドウ』の券が買えるか訊いてきたのよ。 崖から飛び降りるぐらい勇気がいったと思うわ。
  つまり、それぐらいあなたを見たかったってことなのよ」
  ロビンはどもった。
「でも……でもどうしてあの写真で僕とわかったんだろう」
「は?」
  妙な言葉に、アニーは首をかしげた。 ロビンはあわてて言いつくろった。
「つまりさ、小さな写真だったから」
「そう? でも私は気がついたわよ」
「君は僕を見慣れてるから」
  どうも話がかみ合わない。 深く詮索するのはやめて、アニーがもう一度、家に連絡を入れろと念を押そうとしたとき、ロビンの体がぎゅっと緊張した。
  アニーが振り向くと、柱の陰にちらっと人影が見えた。 たちまちロビンの顔が千ルクスの電球のように輝き、一目散に人影目がけて飛んでいった。
「あれ? また黙って行っちゃった」
  アニーはあきれて目を怒らせた。


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