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29 楽しい日々




  建校記念祭の練習を通じて親密度を増したジョーイとDAは、アニーの衛星になった。 大抵は、シャーリーとそのボーイフレンドのルーク、マーニーと恋人のハーブの4人と組んで、7人の小隊になって行動した。 勉強一筋のフィービは最近よそよそしく、誘っても来なくなっていた。
  アニーは男女がカップルになるダンスパーティーなどにはほとんど行かなかったので、ボーイフレンドが2人でも困らなかった。

  5月も半ばを過ぎると、陽射しが暑い。 チャペルの裏手にある緑色のベンチにどかっと腰を下ろして、大きい帽子を手に持ってあおぎながら、アニーはジョーイが買ってきて、DAが蓋をあけたコーラを飲んでいた。
  『衛星』はその両側に座り、ジョーイはせっせと話題を作り、DAはもっぱらうなずき役に徹していた。
「もう前世紀になるけどさ、シカゴの博覧会はすごかったって。 動く歩道があったんだってさ」
「それを言うなら、セントルイスの万博はもっとすごかったのよ。 暑くて。 だだっ広い会場のあちこちで人が倒れて大変だったそうよ」
「僕はパリの博覧会の写真を見た」
  珍しく、DAが深い声で口をはさんだ。 アニーはさっそく身を乗り出した。
「13年前よね。 パリか! 行ってみたいな」
「僕はロンドンへ行きたい」
  これはジョーイの発言だった。
  背後から暑そうな声が降りてきた。
「ヨーロッパはもう行かないほうがいいって」
「え?」
  ベンチの三人が同時に振り向くと、シャーリーが丸い扇子を使いながら言葉を続けた。
「なんか起こりそうだってお父さんが言ってた」
「なんかって何?」
「革命みたいなものじゃないの? ほら、バルカン半島ではしょっちゅう内乱とか政権奪取とかやってるらしいから」
「大変だよね、地続きだから」
  ジョーイが嘆息した。
「その点アメリカは、カナダとメキシコしかつながってないからいいよ」
「パリはいろんな秘密結社の巣なんだって」
  アイスキャンデーをくわえながらやってきたハーブが、さも秘密めかして言ったが、とたんに赤毛のルークに羽交い絞めにされた。
「こうやって暗殺されるってか?」
  ネクタイでやんわりと首を締められて、ハーブはじたばたと騒いだ。
「わーっ、やめろ!」
「ほんと、やめたほうがいいわ。 キャンデーが服について、とれなくなるわよ」
  いつもクールなマーニーが、どこからかやってきてアニーにアイスクリームを渡しながら言った。 アニーは大喜びで礼を言った。
「ありがと! 食べたかったの。 うちじゃよく自家製のアイスクリームを作ったものよ。 冬に、湖の氷で凍らせてね。 そしてあったかい部屋で食べるの」
  声が次第に小さくなった。 珍しく暗い表情になったアニーを、ジョーイが心配そうに覗き込んだ。
「どうしたの?」
「ああ……」
  なんとか笑顔を作って、アニーは勢いよく立ち上がった。
「母が死んだ年のクリスマスを思い出して…… だいじょうぶ、もう元気!」

 スマートで都会的なジョーイと、もっさりした大柄なサンディ――アニーがDAという殺風景な呼び方を嫌ってそう呼び始めると、たちまち皆に浸透してしまった――の組み合わせは絶妙だった。 学友たちは、アニーがジョーイの付属物としてサンディを連れ歩いているのだと噂していた。
  しかし、その想像は外れていた。 アニーは、申し訳ないことながら、ジョーイを他の男の子たちの《虫除け》に、そしてサンディをジョーイからの《盾》に使っていたのだ。 この学校でもっともアニーに興味を持っていないらしいサンディを、アニーはボディーガード代わりのつもりでいた。


 クリスマス休暇の間、アニーは故郷の農場とテンプル家とで半々に過ごした。 どちらもアニーを離したがらず、別れるときは大変な騒ぎだった。 アニーは祖母とテンプル氏を同じぐらい愛するようになっていた。 テンプル氏は、今でもロビンが帰ってきてアニーと夫婦になってくれないかとひそかに願っているらしかった。

 年が明けて、また厳しい学校生活が始まった。 アニーはシャーリーやマーニー、そのボーイフレンドたち、そしてジョーイやサンディと、賑やかに日を送っていた。 勉強や交際に追われて時間が短く、冬はあっという間に過ぎて春になり、5月か華やかに野山を鮮緑に染めた。

 春――すべてのスポーツが花開く季節だ。 アニーは勝利の女神として、フットボール、ポロ、テニス、そして野球の第一試合および始球式に招かれ、やむを得ず笑顔を振りまいている内に、肩から首からやたらに凝ってきて、しまいに腕が上がらないほどになった。
  これはストレスだ、と自分でわかった。 今度はその上、春のパレードの女王になって、巨大なケーキ型の山車〔だし〕に座って町を練り歩けと言う。 もう我慢の限界だった。
「誰がケーキの苺だっていうのよ。 ふざけるな。 こんなサル芝居、いつまで続けてられるか!」
  ということで、今年の女王は最初の四つ角までしか姿を現さず、乗合バスが通ったはずみにこっそり飛び降りて、消えてしまった。


 きれいなドレスの裾がまくれるのもかまわず、アニーは公園のベンチに脚を広げて座り、パーティー会場からかすめてきたマフィンをごそごそかじっていた。
  やがて足音が近づいてきたので顔を上げると、サンディだった。 ジョーイはいない。 珍しく彼一人のようだった。
  山車はゆっくり遠ざかっていく。それと共に、おぼつかないバンドの音楽もかすかになっていった。
  隣りに座って、サンディは耳をすませていた。 いつものんぴりした表情なのに、今日は鋭い感じがする。 アニーは異変を感じ、マフィンを口から離して青年を見やった。
「どうしたの?」
「ああ」
  上の空で、サンディはゆっくり答えた。
「あの曲……なつかしいなと思って」
  膝に落ちたパンくずに気を取られながら、アニーは何気なく言った。
「あれは《春の声》という曲よ。 うちの父が好きだった曲」
  とたんにぐっと抱き寄せられた。 まったく無防備だったアニーは、次の瞬間にはもうキスされてしまった。

  唇が合うまでは確かに、蹴っ飛ばしても体を離すつもりだった。
  しかし、激しい切なさで唇を奪われたそのとき、体が動かなくなった。
  まさか…… まさか、こんな…… 
  反射的に閉じた眼が開き、どんどん見開かれて大きく広がった。
  このキスには、覚えがあった。

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