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    湖のほとりで 7
  


 父のウィリアムは、いつもの通りこの時間には、お気に入りの離れで木屑を飛ばして、趣味の木彫りをしているということだったので、パトリックたちは堂々と正面玄関から中に入り、着替えをした。
 間もなく、召使頭があたふたとやってきて告げた。
「お父上がお怒りです。 何を考えて出たり入ったりしているのだといきまいておられて、すぐに柏の間へ来るようにと」
 パトリックは平然と、椅子に腰かけてリュートを爪弾いていたバーロウに目くばせした。
「それでは行くか。 もうセシリアは準備できているかな」
「ええ」
 戸口で小さな声がした。 着替えをすませたセシリアだった。 その横にはパトリックの妹のヴェラが付き添っていて、好奇心一杯でくすくす笑っていた。
「ほら、言われたとおり、私の一番いいドレスをお貸ししたわよ。 ウェストがちょっとゆるいけど、サッシュでぎゅっと締めたからわからないでしょう?」
「よくやった」
 真紅のベルベットにコーラルピンクの襟飾りをあしらったドレスは、アッシュブロンドのセシリアを見違えるように引き立てて見せた。 パトリックは満足してうなずき、未来の花嫁に腕を貸して、しずしずと階段を下りていった。

 痩せた大男のウィリアムは、樫のドアを開いて入ってきた三人の若者を、銀色の眉の下からじろりと眺めた。
「ほう、もう舞い戻ってきたか。 少なくとも半年は姿をくらましているだろうと思ったが」
「もう他所へ行く理由がなくなりましたからね」
 パトリックは平気で答えた。
「父上は、わたしが自分にふさわしい妻を見つけてきたら、結婚を許すと誓われました。 十字まで切って」
 ウィリアムは苦い表情になった。
「それはいつまでもおまえが独身でいるからだ。 ジュリアを忘れられずにうじうじしていると評判が立っているんだぞ。 男らしく、跡継ぎらしく、このシェルドン城にふさわしい奥方を迎えてほしいと思って、それでノーマを勧めたんだ。 なのに、とたんに逃げ出しおって!」
「自分で探したかったんです」
 誇らしげにパトリックは、相当美しくなったセシリアを前に押し出した。 眉のすぐ下できらきら光っている灰色の眼に捕らえられて、セシリアはあわてて膝を折った。
「はじめまして。 セシリア・フォーサイスと申します」
「二百年続く子爵家の忘れ形見です」
 パトリックが朗々と述べた。 ウィリアムは年の功で、忘れ形見という言葉に敏感に反応した。
「つまり、もうご両親はこの世におられないと」
「はい」
 息苦しさを覚えながら、セシリアは懸命に答えた。
「病気で……天然痘で三年前に」
「それは気の毒に」
 通り一遍の口調で言うと、ウィリアムは遠慮なく尋ねた。
「それで、財産の管理は?」
「あの」
 セシリアは口ごもった。 すぐにパトリックが助け舟を出した。
「叔父と名乗る男が城に居座っていますが、わたしが夫になって介入する権利を得れば、すぐに追い出します」
「城。 なるほど」
 ウィリアムの口が、感心しないというように尖ってきた。


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