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  待ち焦がれて 17
 

 わたしの詩…… 思いがけない告白に、ジュリアはびっくりして言葉を失った。
  ぬかるみで、馬車が大きく揺れた。 横壁にぶつかりそうになったジュリアを抱き止めながら、ディックはささやいた。
「坊主上がりが恋愛詩などと、と言われそうで、匿名で出した。 世間知らずが恋に恋した憧れの歌だったが、今ならもっとすごいのが書けそうだ」
  ぽっと赤くなりながらも、ジュリアは彼の腕に守られて幸せだった。


 ジュリアが置手紙だけを残して一人でこっそり旅立ってしまったので、ブルックボロではみなやきもきしていた。 パトリックとエディが交互にやってきては、まだジュリアは戻らないかとせっつくし、ライオネルまで始終現れて、エリナーを助けに行きたいと言い出す始末で、父のゴードンは書斎で大好きな鉄砲の手入れをする暇もなくなっていた。
  その日もたまたま3人の若者が同時に現れたため、ゴードンはかんしゃくを起こして叫んだ。
「わしにワアワア言うんじゃない! そんなに心配なら揃ってファルマスに行けばいいじゃないか!」
  3人は顔を見合わせた。
  バトリックが代表で、ぎこちなく答えた。
「リチャード卿は一見物静かですが、あの気性の激しいウォルター・ローリー卿と議論して言い負かしてしまったそうです。 一度決めたことはてこでも曲げないとか。 われわれが押しかけていっては逆効果でしょう」
「だからといって、ここに押しかけても役に立たないぞ」
「彼女が戻ってきたら、真っ先にわかりますから」
「じゃ、表の木戸で見張りでもしていればいい」
  まるでその声が聞こえたように、扉が勢いよく開かれて、召使頭のバグスリーが入ってきた。
「馬車が2台と、馬に乗ったお付きが6人、こちらに近づいてきています。 どうやら紋所から見て、領主さまのお馬車のようで」
  男たちはいっせいに顔を見合わせた。 それからみな、先を争って玄関に駆けつけた。


  表に乗り入れて停まった馬車から真っ先に降りてきたのは、やはりエリナーだった。 無事なその姿を見て、ライオネルは大喜びで走り寄った。
「エリー!」
「まあ、ライオネル」
  平然と服の埃を払ったあと、エリナーは女王のように婚約者に片手を差し出した。 ライオネルはその手を捧げ持ち、小声でさかんに気遣った。
「大丈夫だったかい? ひどい思いをしたね。 無事に帰ってこられて、とてもうれしいよ」
  後から馬車をきしませて降りてきたバーナードがわざとらしく咳払いしたが、誰も注意を払わなかった。
  出迎えの人々の目は、一点に集中していた。 黒を捨て、紺色の繻子でできた豪奢な服で身を飾った領主代理と、彼に手を取られて優雅に馬車から現れた、はっとするほどきれいな娘に。
  ジュリアは本当に美しくなっていた。 愛し、愛されて、これまで内面に閉じ込めていた輝きが、まぶしいほどにあふれ出ていた。
  パトリックのアメジスト色の眼が、いかにも無念そうにリチャード卿を射た。 パーティーの夜に胸をよぎった不安が、とうとう的中してしまったのだ。 なんとも悔しく、心残りだった。
  エディはもっと諦めがよかった。 恋人同士が熱い視線を交わしているのを見て、おとなしく道を開けながら、パトリックにこっそり囁いた。
「これで僕たちもジャックと同じ目に遭ったわけだね」
「あいつの名前を出すな!」
  仕方なくリチャード卿に頭を下げながら、パトリックは獰猛に答えた。
「だいたいジュリアがいけないんだ。 あきれるほど鈍い女だ!」
「素直なんだよ。 君が照れかくしに言った悪口を本気に取ってしまうほど」
「やめろ!」
  言い過ぎをもう6年も後悔していた。 でも詫びるきっかけがつかめず、逢うたびに売り言葉に買い言葉で喧嘩になった。 もうチャンスは来ない。 ジャック・ナイトンと同じに、帰り道で酒場に寄って思い切り飲んでやろうとパトリックは思った。

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