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  待ち焦がれて 16


  リチャード卿がジュリアをかたときも離そうとしないので、帰りの馬車は結局またエリナーと一緒になってしまったバーナードは、心から耳栓が欲しいと思った。
  エリナーは今度こそ怒っていた。 だしにされたのが悔しいし、姉がパトリックよりも、エディよりも、数段上の男を捕まえたことを知って、かんかんになっていた。
「どういうことよ」
  エリナーの愚痴は続く。
「パトリックだってお姉さまには過ぎた男性だと思うのに、勝手にエディと駆け落ちして、今度はデルマイア公…… どうしてだんだん良くなるのよ!」
「不思議だな」
  バーナードがつぶやいた。
「いったいどこで知り合ったんだろう」
「おたくのパーティーでじゃない! 忘れたの?」
「いや……」
  バーナードは額に皺を寄せて考え込んだ。
「あのとき、リチャード卿は父に何度も念を押したんだ。 いつも出席する君だけじゃなく、ジュリアさんもぜひ招待してくれと」
  馬車に乗って以来初めて、エリナーは5分ほど沈黙した。 それから、低い声でうなった。
「祭りを見に行ったって、そういうことだったの」


  もう一台の馬車に乗った男女は、重みが後ろにばかりかかってしまうと御者が内心嘆くほど、ぴったり寄り添いあっていた。
「ずいぶん君を探した」
  ディックが哀しげな吐息交じりにささやいた。
「孤児だというから、すぐ連れて帰れると安心していたのに」
「私を連れて行くつもりで? ただの孤児と思っていて、それでも?」
「もちろん」
  ディックはこともなげに答えた。
「誰か有力者の、たとえば友人のヒューズ侯爵の養女ということにしてもらって、妻に迎えればいいんだから」
「でもあの……」
「わたしはずいぶん犠牲を払ってきた」
  また溜め息が響いた。
「兄をかつぐ一部の勢力がわたしに毒を盛って、13のときに髪がすべて抜けた。 全部生え揃うのに2年もかかったよ。
  父が懇意にしていた僧院に逃げ込んで守ってもらったが、考えてみれば別に領主の座にしがみつきたいわけではない。 だからむしろ喜んで僧侶になった。
  それなのに兄は勝手に死んでしまって、わたしは無理やり領主に引き戻された。 いつも人の言うなりの人生だ。 こうなったら、最後の砦、家庭ぐらいは、自分の好きな人と築きたい。 これが贅沢と言えるだろうか?」
  ジュリアに頬ずりしながら、ディックは満足げにささやいた。
「君があの詩を口ずさんだときに、運命を信じた。 やはりこの人はわたしのためにあの川面にたたずんでいた、わたしに助けられるために、あの川に入水したのだと」
「なぜ?」
  柔らかい息で尋ねたジュリアに、ディックは少し照れくさそうに答えた。
「あの詩は、わたしが作ったものだから」 

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