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  待ち焦がれて 15

 翌日の昼過ぎまで、哀れなエリナーはすっかり忘れ去られ、ファルマスの町外れに放っておかれた。 といっても、実際には牢獄に入れられていたわけではなく、バーナードと共に、ディックの忠臣オリヴァー・ローレンスの館に軟禁されていただけだが、それでも相当怒っていた。
  だから、いきなりまた馬車に乗せられて連れ出される道中、ずっとしゃべりっぱなしだった。
「ねえ、どこへ連れていくの? 今度は何しようっていうの。 いつも何も説明しないで勝手に閉じ込めたり運び出したりって、あんたたち、口がないの!」
 バーナードは窓枠に肘をついて、目をつぶっていた。 恐妻家の彼は、ただちょっと家を逃げ出したくてエリナーの誘いに乗ってしまったことを、心の底から後悔していた。
 
  馬車はデルマイア公の広い庭に入っていった。 兄のジョサイアの趣味で建てた家なので、建物は灰色で猛々しい。 誰の館か知らないバーナードとエリナーは、のしかかるような見かけに圧倒されて黙り込んだ。
  両側をローレンスとその部下に護衛されて門から入った二人は、優雅なリュートの響きが聞こえてきたので、顔を見合わせた。
  きっちりと刈り込まれた長い植え込みの横に、楽士が座っていた。 手に褐色の楽器を持ち、爪弾きながら歌っている。 軽快な曲が耳に快かった。
  顔をしかめて、エリナーはバーナードにささやいた。
「何よ、あれ。 お茶会でもやってるのかしら」
  そのとき、楽しそうな笑い声がどこからか聞こえてきた。 とたんにエリナーの目が大きく見開かれた。
「お姉さま……!」
  辺りかまわず飛び出そうとしたエリナーの腕を、素早くローレンスが捕らえた。
「何するのよ!」
  もう彼女に慣れていたローレンスは、眉1つ動かさず目で足元を示した。 そこには噴水を取り囲む銀色の鎖飾りが垂れていて、エリナーは危うく足を引っ掛けるところだったのだ。
  それでも男の手を振り払うと、エリナーは体を揺すって姿勢を整え、大股で歩き出した。 一応、鎖はよけたが。
  庭を横切っていくと、楽士のいるテラスにベンチが置いてあり、そこに男女がくつろいで座っているのが見えてきた。 遠目のきくエリナーは、すぐに姉を見分けて小走りになった。
  ジュリアも立ち上がって妹の方に歩み寄った。
「お姉さま!」
「エリナー」
  さすがに心細かったのだろう。 珍しくエリナーは姉に抱きついて、肩に顔を埋めた。
「お姉さま、ひどいのよ! 小間物屋で櫛を買ってたら急に取り囲まれて、どこかの屋敷に連れ込まれて4日も! 退屈で死ぬかと思った!」
  退屈ぐらいで済んでよかった、と胸を撫でおろしながら、ジュリアはエリナーの背中を軽く叩いてやった。
「もう大丈夫よ。 ちょっとした行き違いだったの」
「お姉さまが助けてくれたの?」
  感謝の眼差しで見上げる妹に、良心の咎めを感じながらジュリアは微笑みかけた。
「事情は後で説明するわ。 あのね、紹介したい人がいるの。 こっちへ来て」

 ゆったりとベンチから立ち上がった男性を見て、エリナーの足がぴたっと止まった。
  それはバーナードも同じだった。 あわててお辞儀をするふたりに、リチャード卿はあっさり言った。
「すまなかった。 とんだ足止めを食わせてしまって」
  そして、ジュリアを振り返って微笑した。
「どうしてもこの人を呼び出したかったのでね。 悪いがおとりになってもらった」
  エリナーは、ゆっくり領主代理から姉に視線を移した。 みるみる顔が赤らんで、髪が逆立ちそうになったので、あわててバーナードが手を掴んで軽く引っ張った。
  ジュリアの肩に腕をかけて抱き取ると、リチャード卿は幸せそうに2人に告げた。
「さきほどプロポーズして、承知してもらった。 これから共にブルックボロに行って、父上に承諾をいただく。 その前に腹ごしらえをして行こう。 さあ、こちらへ」
「あの、おめでとうございます」
  バーナードが、蚊の鳴くような声で言った。

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