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  待ち焦がれて 14


  ディックの腕の中に気持ちよく身を預けながらも、ジュリアはまだ半分以上わけがわからなかった。 できるだけ殊勝に見せようとして後ろできっちりと止めてきた髪を、ディックは全部ほぐしてしまい、栗色の毛に指をすべらせながら、愛しそうにささやいた。
「きれいだ。 アルタイルのたてがみのように艶やかでなまめかしい」
  それからジュリアの右手を取って、薬指にはまった指輪を抜き取った。 それは、あのいまわしいパーティーの夜、婚約の祝いにとディックみずからがくれたものだった。
  地味な指輪を見つめながら、ディックは言った。
「これは母の形見の結婚指輪だ」
  大変なショックを受けて、思わずジュリアはベッドに飛び起きてしまった。
  その指輪を大事そうに横の台に載せると、ディックは静かに言葉を続けた。
「改めて式に使うから、いったん返してもらうよ。
  わたしには、君しか妻にしたい人はいなかった。 だからせめて、この指輪だけでも身につけていてほしかったんだ」
「そんな……」
  声になったのはそこまでだった。 後は涙が目と喉をふさいで、ジュリアはディックの胸に崩れ落ちた。
  泣きじゃくっているジュリアに驚いて、ディックは身をかがめて伏せた顔を覗きこんだ。
「どうした」
「私……」
  涙の渦に巻き込まれながら、ジュリアは必死で声を出そうとした。
「その指輪をいただいたとき……あなたに見捨てられてしまったと思って……だって婚約おめでとうと言われたから……!」
  はっとして小机の指輪に目をやり、それから再び恋しい人に視線を戻して、ディックは呼吸を乱した。
  「見捨てるって……」
  「夢を見たことはありませんか? 私にはあなたが夢でした。 上品でやさしくて、あんなに話が合って楽しくて……
  でも私には義務がありました。 父に押し付けられた婚約者も。 あなたと行きたくても行けないから、2日間だけ夢を見たんです。
  なのにそのあなたが、あなたまでが婚約に賛成するようなことを言ったとき、わたしはやけになってしまいました。 それでエディに護衛してもらって、ファルマスに来たんです。 あなたに逢いたくて……そう、もう一度あなたと過ごしたくて! 嫌いな人と不幸になるより、好きな人と不幸になるほうがずっとましだと思って……」
  また涙にくれてしまったジュリアの髪を、ふるえる手がそっと撫でた。
  「ジュリー…… 知らなかった。 考えたことさえなかった。 君が、あの若く美しい青年たちより、どこにでもいるような旅人を選ぶとは……」
  ジュリアの顔が泣き笑いになった。 2人は固く抱き合い、目を閉じて、恋が叶った喜びに酔った。

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