表紙へ
  待ち焦がれて 13


  青年の案内に従って、ジュリアは階段を上っていった。 上りきったところに窓があり、陰鬱に燃える蝋燭がガラスに反射して、ぼんやりときらめいていた。
  黒っぽいドアを開くと、青年は一礼して階段を下りていった。 ジュリアは間欠的に震えながら、そっとドアから足を踏み入れた。
  広く、奥行きの深い部屋には、誰の姿も見えない。 左手の、開き窓に面した場所に、大きな机が置いてあり、書類が積み重ねてあった。 その奥は一段高くなっていて、緞帳が下がり、中はよく見えなかった。
  ディックはあの奥にいるのだろうか。 ジュリアはおそるおそる部屋に踏み込んだ。 そして、少しの間じっとしていたが、部屋は静寂に包まれたままだった。 すっぽかされたのかと不安にかられたジュリアは、思い切って机に近づき、上に置かれた紙の筆跡が乾いているかどうか確かめようとした。
  そのとき、背後でかすかにきしむ音が聞こえた。 びくっとして振り向いたジュリアの眼に、ディックが映った。
  相変わらず地味な黒服を着て、デイックは戸口に立っていた。 後ろ手にドアを閉め切り、 しっかりと押さえているように見える。 何をしているのかといぶかるジュリアを、琥珀色の眼がじっと見すえた。
  それから彼は口走った。
「もう帰さない!」
 
  え……? 音は聞こえても内容は理解できなかった。 いったいどういうこと……
  そのとたん、ディックが走り寄ってきて、ジュリアをがむしゃらに抱きしめた。

  ジュリアは束の間ぼうっとしていた。 それから突如、幸福感にあふれてディックを抱き返した。
「いいのか?」
  耳元で燃える息がささやいた。
「もう帰れなくても、かまわないのか?」
「ええ、ええ!」
  ジュリアの声が上ずった。 かまわないどころか、そんなありがたい話はない。 文句ばかり言う父親。 何も言わずに死にかける羊。 口を開けば嫌味ばかり言う自称婚約者。 そのすべてを後に残して、この人の胸に飛び込めるなら!
  激しい口づけを交わした後で、ディックはジュリアを離し、机に歩いていった。 何をするのだろうと見ていると、さらさらと一枚書き上げ、立ち上がってジュリアに渡した。
「それではこれを」
  目に入ってきたのは、エリナーの赦免状だった。
  ジュリアは、しばらく羊皮紙に目を当てていた。 それから顔を上げ、口をあけたままディックを見つめた。
  ディックの唇が、小さく痙攣した。
「これでも耐えたんだ。 ずいぶん努力したが、あきらめられなかった。 
  悪代官と言われてもいい。 君を連れ戻すためなら、何だってする!」
  ちょっと……待って…… ! 
  ジュリアは深呼吸して頭に酸素を送り、何とか筋道をたどろうとした。 それでは領主代理がエリナーを捕まえたのは、ジュリアを都におびき出すため……?!
  いったん話し出すと止められなくなったらしく、ディックはどんどん先に行っていた。
「確かにバトリック・ウッドワードは生意気で、君が高い鼻をへし折ってやろうと思ったのも無理はない。 だがエドワード・キャラハンを、『天使のエディ』を巻き込んだのはやり過ぎだ。 おかげで彼まで本気になってしまって、君はどちらも選べなくなった。
  それでわたしは望みを持った。 あの2人のような輝く美男ではないし、面白味もないかもしれない。 だがわたしには権力がある。 これは男の最大の取りえだ。
  僧院を出てよかったと、初めて思った。 今まではただの空想だったものが、君を知ってようやく現実になった。 ジュリー、わたしは君のような人を待ち焦がれていたんだ。 もう二度と離さない。 離せない!」
  再び息ができないほど抱きしめられて、ジュリアはただ茫然とするばかりだった。


表紙目次前頁次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送