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  待ち焦がれて 18
 


 ごちゃごちゃと並んだ人々の中から年配のゴードンを探し出したリチャード卿は、顔をほころばせて近づいた。
「初めてお目にかかる。 リチャード・サクセターです」
「これはこれは、こんな粗末なところによくおいで下さった」
  急なことで戸惑ってはいたが、ゴードンの小さな眼は密かな期待に輝きはじめていた。 パトリック・ウッドワードでも儲けものと思ったが、なんとジュリアのやつ、国一番の大物を射止めるとは、見かけによらぬ凄腕だったのかもしれない。
  ほくほくしながらゴードンがディックとジュリアを広間に案内していった後、おいてきぼりを食った残りの人々は、気詰まりな雰囲気の中、ちらちらと横目で見合っていた。
  まず口を切ったのはやはりエリナーで、もうバーナードには見向きもせずにライオネルにせがんだ。
「どうせお父様はあの2人にかかり切りでしょうから、お宅で休ませて。 疲れたし、おなかもすいてるの」
「そうだね。 すぐ行こうね」
  散々な目に遭わされたことをけろりと忘れたように、ライオネルは自分の馬を引いてきた。 2人が去った後、パトリックはいまいましげに顔をしかめた。
「何ていい気な女だ。 それにしても、ライオネルには背骨というものはないのか!」
  エリナーから解放されてほっとしているバーナードが、のんびり答えた。
「計算ずくさ。 ここの領地はおそらく領主代理とジュリアの共同直轄地になるのだろうが、収益の何割かは当然エリナーのものだし、たぶん管理はライオネルに任せるだろう。 彼にとっては自分の領地が広がったことになるんだ」
「君と一緒だな。 隣りのじゃじゃ馬と結婚して土地を広げた。 だが家庭内は奥方の専有地だ」
  パトリックが容赦なく皮肉ったので、バーナードは白けて、帰りの馬を借りるためにさっさと馬屋に行ってしまった。
  パトリックが振り返ると、エディは何となく家のほうを眺めていた。 寂しげな、ちょっと複雑な眼差しで。
  その姿勢を崩さないまま、エディは尋ねた。
  「リチャード卿がジュリアの心を動かした秘訣は何だろう?」
  他の女なら金と地位だとすぐに答えるところだが、相手がジュリアだと、さすがのパトリックにもそうは言えなかった。 だから代わりにぶっきらぼうに答えた。
  「お世辞だろう。 耳ざわりのいい、愛の言葉ってやつだ」
「そうかなあ」
  エディは首をかしげた。
「あのきびきびしたリチャード卿が、美辞麗句を並べたてるだろうか」
「そういうことを一切言わなかったわたしが振られたんだから、確かだ!」
  捨てセリフを残して、パトリックは荒々しく馬に飛び乗り、立ち去った。
 

  結婚式は、ジュリアとディックにとっての思い出の地、ストレッチフォードの大聖堂で、厳かに執り行われた。 翌年には女の子が、次の年には男の子が誕生し、それからも毎年のように子宝に恵まれた。 あまり規則的に増えていくので、ディックは亭主の模範として大司教の説教の主題にされたことさえあった。 ともかく彼が浮気をしなかったことは確かで、毎年夏にジュリアがコーンウォールに里帰りするときには、必ず同行してきて、そのたびに増えている子供たちを自慢そうに引き連れていた。
 
  エリナーはライオネルと結婚したが、子供に恵まれないため、ジュリアの赤ん坊を狙っていた。 だが、ジュリアはきっぱり断った。
「うちの子はみんな愛され、恵まれているの。 他の親戚で、親を失った子供がいるじゃないの。 そういう子を幸せにするのが、神の御心に叶ったことよ」
  エリナーはふくれて言った。
「けち! お姉さまは昔から何でも独り占めにして! 二番目は損だわ。 ほんとに損!」
  ジュリアは黙って妹を見つめた。 子供がひとり増えるたびに、責任と負担が2倍、3倍になる。 生まれた子供の半数近くが10歳まで生き延びられなかった時代、人一倍愛情深いデルマイア公夫妻の苦労は絶えなかった。
  溜め息を押さえて、ジュリアはゆっくりと言った。
「持ったら持ったで新しい悩みがあるのよ。 失いそうになったときの恐ろしさは、とても口では言えないわ」
「持ってるから言えることよ」
  エリナーはつんけんと言い返した。
「私だって子供がほしい。 抱いてみたいわ」
  当然の望みだった。 ジュリアは切なくなった。
「ライオネルの子供がほしいのね」
  エリナーの目が動いた。 まず横に、それから上に。
  考えこみながら、彼女はつぶやいた。
「そうよ、そこに気付かなかった。 試してみる価値はあるわね」
  妙な胸騒ぎを感じて、ジュリアは妹の顔を覗きこんだ。
「何を?」
  エリナーはにやっとした。
「別の殿方」
  ジュリアは思わず口を開いて、何も言えずにまた閉じた。 パンドラの箱を開けてしまった、という不吉な予感がした。

  なお、蛇足ながら翌年、エリナーは待望の子供に恵まれた。 男と女のふたごだったという。



〔完〕






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