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  待ち焦がれて 11


 幸い、急を聞いて駆けつけたライオネルが、ベテランの羊飼いを呼んできて応急手当をほどこし、羊の大量死という事態はなんとか免れた。
  ゴードンは激怒し、エリナーをさんざん怒鳴りつけた。 負けずに怒鳴り返したものの、エリナーはすっかりやる気を無くして、あっさりとすべてをほっぽり出してしまった。
  ジュリアは水鳥と同じような存在だったのだ。 外から見るとただ湖をすべっているだけのようだが、水面下では足を絶え間なく動かして努力を続けている。 荘園の経営にジュリアがどれほど細かく気を配っていたか、いなくなって初めて明らかになった事実だった。


 ファルマスに無事たどりついたジュリアは、そこで大きな失望に見舞われた。 いったん自宅に戻ってきたリチャード卿は、数時間で緊急の用事を片づけると、またすぐに出かけてしまったというのだ。 近在に行っただけだと自分に言い聞かせて、ジュリアは旅館に部屋を取った。 エディは、彼女が目的の人に会えるまでは護衛すると言い張って、同じ宿屋に泊まりこんでしまった。
 
  結局、忙しい領主代理はそのまま戻って来ず、ふたりの逃避行は、8日で終わった。 たまたまファルマスを訪れていたある商人が、エディの姿を見かけたと何気なく話したのがきっかけで、追っ手がかかった。
  2人は馬車に押しこめられ、昼夜兼行でコーンウォールに連れ戻された。 そして、2人まとめてブルックボロに護送されたが、馬車から降りてきたのを見て、ゴードンの髭は怒りにふるえた。 若者たちは2人とも明るく健康そうで、以前より少し太った感じだったのだ。
「お前たち、恥を知れ! すぐ礼拝堂に行って懺悔するんだ! ジュリアは修道院に入れ。 こんな世間に顔向けできないことをして!」
  ジュリアは覚悟の上だから平然としていたが、エディの方があせって声を上げた。
「待ってください! そんなことはしないで! 責任を取ります。 どうか僕をジュリア・ウォルターズ嬢と結婚させてください!」
  この予定外の行動に、一番驚いたのは、当のジュリアだった。 思わずぴょんと跳びはねると、ジュリアは泡を食って叫んだ。
「やめて、そんな! 責任取るなんて言わないで!」
「そうだとも」
  眼を怒らせながら、家の中からゆっくりと歩み出てきたパトリックが言った。
「駆け落ちはまだ近所の噂にとどまっている。 大きくなる前に揉み消すには、1日も早く正統な婚約者のわたしと結婚するのが一番だ。
  ジュリア、わたしは君を許す。 ほんの若気の至りだと思おう」
  ジュリアはまずエディを見つめ、それからパトリックを睨みつけた。
「どうかしてるわ、2人とも!」
「どうかしたのは君だ、ジュリア。 でももう収まったろう? 君はエディに飽きたんだ。 だから結婚を望まないんだな。 もう悪夢から覚めて……」
「あなたこそが悪夢よ!」
  思わず叫んでしまって、ジュリアは泣きそうになり、口に手を当ててドアから飛び込んだ。


  何てことだろう。 一大決心をして家を出て、結果は求婚者が増えただけ…… こんな理不尽な……!
  護衛を頼んだのがエディだったのがいけないんじゃないかと、ジュリアは悟り始めていた。 親戚だし友達だからと気を許していたが、考えてみるとエディは次男坊だ。 家を継げるわけではないので、婿入りできる花嫁を探しているところだったのだ。
  それにパトリックとエディはほぼ同い年で、2人とも容姿端麗な青年たちだ。 これまで特にライバルということはなかったにしても、内心では意識し合っていたのだろう。 パトリックは面子にかけて、婚約者を奪われるわけにはいかないのだ。 そして、形ばかりとはいえ、2人で8日も旅行し回ったエディにしても……

  椅子に腰を下ろして机に突っ伏しかかったとき、乱暴に揺り起こされた。 顔を上げると、エリナーが噛みつきそうな顔で睨んでいた。
「よくも私にこんなことができたわね!」
「あなたに?」
  ジュリアはあわててこれまでのことを筋道立てて思い出そうとした。 いったいエリナーに何をしただろう。
「恥知らず! 私が好きだったエディを連れ出して、すっかりとりこにした上、求婚まで! もう許さないわ。 お姉さまが好き勝手するなら、私もやらせてもらいます。 私もここを出ていくわ!」
  思わず椅子から立ち上がりかけた姉をドンと押し戻して、エリナーは憤然と裏口から姿を消した。

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