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  待ち焦がれて 9
 


 しゃくにさわることに、エリナーは長テーブルの斜め向こうで、エディと楽しげにはしゃいでいた。 華やかな美男が好きなエリナーは、前からエディ・キャラハンが大のお気に入りだった。
  しかし、エディのほうは何かにつけてチラチラとジュリアの様子を気にしていた。 普段からおとなしいほうのジュリアだが、あまりにも暗く見えたのだろう。
  パトリックにもジュリアの異変は感じられたらしい。 上手にナイフを使いながら、こそこそと文句を言ってきた。
「親が死んだような顔をしないでくれ。 もう少し社交的になってくれないと、わたしの妻にはふさわしくない」
「結構だわ」
  たちまちジュリアは開き直った。
「すぐに婚約解消を父に申し出て。 そうしてくれたら一生感謝するわ」
  作戦を間違えたと知って、パトリックは急いでなだめにかかった。
「子供みたいなことを言わないで。 ただもうちょっと愛想よくしてくれと頼んでいるだけじゃないか」
  子供みたい? 頼んでいるだけ? どうしてこんなに気に触る言葉ばかり考えつくんだ! ジュリアはその夜のうっぷんをまとめてぶつけてやろうと、左隣りに向き直った。
  そのとたん、右隣りが感情を見せない声で言った。
「仲のよろしいことだな。 それで、婚礼はいつの予定なのかな?」
「できれば春に」
「全然決まっておりません!」
  ジュリアとパトリックが同時に正反対のことを答えたので、そばにいて話が聞こえた人々は顔を見合わせた。
  冷静に最後の一口を食べ終わると、デルマイア公は無造作に、小指にはめた細い指輪を抜き取り、ジュリアに差し出した。
「ここで会ったのは何かの縁だ。 婚約を祝って、これをあなたに進呈しよう」
  そんな…… ジュリアは硬直してしまった。 対照的に、パトリックは全身で喜びを表し、肘でジュリアをつついた。
「受け取りなさい。 何してる!」
  周り中が注目している。 他にどうしようもなく、ジュリアはかすかにふるえる手を伸ばして、公爵の指輪を受け取った。

  あんまりだ――再びエリナーと共に馬車に乗って、暗い夜道を揺られていきながら、ジュリアの胸に渦巻いていたのは、そのただ一言だった。
  パトリックは浮かれていた。 浮かれきっていた。 当然だ。 領主代理が婚約を認めてくれたのだから。
  あの人は私を厄介払いしたいんだ。 それにしてもこんなやり方って……!
  エリナーがいなかったら、おそらくジュリアは馬車の中で狼のように吠えていただろう。 だが、エリナーは人の気も知らず、楽しげに鼻歌を歌っていた。 そして、不機嫌そのものの姉に、平気で話しかけてきた。
「デルマイア公って、他の貴族と比べて目立たないわね」
「そうかしら」
  私の目には、闇夜のかがり火以上に目立ってたけど、と、心の中でジュリアは言い返した。
「若いのに地味。 態度も、それにあの坊さんみたいな服も」
  そこでちょっと姉を見て、エリナーは続けた。
「でも気前はいいみたいね。 初めて会ったお姉さまに指輪をくれるなんて」
「何が婚約祝いよ!」
  食いしばった歯の間から、思わず本音が出た。 エリナーはにんまりした。
「いいじゃない。 お姉さまが領主代理の気に入られれば、私にだってツキが回ってくる。 おとなしくしててよ。 ちゃんとパトリツクと結婚すること。 ねえ、わかった?」
  わかりたくないし、その気もない。 めらめらと燃えてきたジュリアは、とんでもない計画を立てはじめていた。

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