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  待ち焦がれて 7
 


 2週間が過ぎ、早くも秋の気配がただよってきた8月半ば、隣り、といっても4マイルは離れていたが、そこにあるローナベリーという荘園の主、ヴィクター・ケッセルから招待状が届いた。 コーンウォールの領主代理であるデルマイア公が、狩猟の途中に立ち寄ったので、夜会を開くことになったから、ぜひおいでいただきたい、という文面だった。
  いつも通りエリナーだけ行けばいい、と、ジュリアは軽く考えていた。 だが、父は許さなかった。
「代理とはいえ、デルマイア公爵は女王の腹心としてこの地方を取り仕切る実力者なんだぞ。 ほれ、招待状はおまえとエリナーの2人宛に来ている。 すっぽかしたりしたら荘園の経営に響くし、悪くすると土地を取り上げられるかもしれないんだぞ」
  たしかに領主には、土地の所有権を奪う権利もあった。 ただし、兄の跡を継いだ現領主は、理性的な性格だという噂で、わざわざ領土の外れまで来て、わがままや私利私欲で問題を起こすような人柄とは思えなかった。
  そうジュリアが父に言うと、ゴードンは言い返した。
「だからといって油断はできん。 権力を持った男は危険だ。 もうそのぐらい、わかっていいはずだ」
  仕方なく、ジュリアはしぶしぶ服を選んだ。

  これが一番問題なのだが、偏屈な父は、自分では決してパーティーなどの『下らない催し物』には出ようとしない。 ブルックボロで必要に迫られて狩猟の集いや返礼パーティーを行なうときも、すべてを取り仕切るのはジュリアと、それに先ごろ僧院に入ってしまったジャック・ナイトンで、父はただ文句を言うだけだった。
  今回の夜会でもそれは同じだった。 痛風が痛むと言って、ゴードンはさっさと自室にこもり、もうジャックという護衛役がいないにもかかわらず、年ごろの娘2人が馬車で行くにまかせた。
 
  エリナーは、さんざん迷ってようやく選んだワインカラーのドレスが、やはり気に入らなかったようで、襟を引っ張りながら盛んに文句を言っていた。
「町ではフリルが3段に増えたそうよ。 こんなの流行おくれで恥ずかしいわ」
「3段は大げさよ。 2段なら見たことがあるけど」
  どこで見たか思い出そうとしながら、ジュリアはいつもながらの妹の愚痴を受け流した。
  窓の外を眺めると、薄暗い空を背景に、一段と黒い木の影が飛び去っていく。 妖鬼でも現れそうな光景だった。
 
  ケッセルは広い馬屋を持っていて、馬車ごとすっぽり入れることができるのが自慢だった。 これなら雨の日も濡れずに降り立てる。 従僕たちが忙しく馬を取り外している横を、ジュリアは危なげない足取りで通り過ぎ、出口へ向かった。
  一方、エリナーのほうはさっそく馬の引き綱にケープを取られ、高い声で文句を言いながら踏み出したとたん、馬糞に突っ込んでしまった。
「どうして片づけておかないのよ!」
「すみません、お嬢様。 でもこいつが今やったばかりで」
  なぜかエリナーは下を見て歩かない。 だから始終つまづいたり靴を汚したりしているのだが、いつまでたっても改めなかった。
  上手に板の上を歩いていたジュリアは、途中で馬が低くいななく声を聞いた。 覚えのある響きだ。 首に氷を当てられたような気がして、ジュリアは思わず横の暗がりに目をこらした。
  見る前にわかっていた。 そこにいたのは巨大なアラビア馬だった。 たしかディックは『アルタイル』と呼んでいたっけ――そう思い出しながらジュリアが近づくと、馬は首を大きく振って歓迎の意を表し、伸ばした指を軽くなめた。
  そばを通りかかった馬丁が、感心して声を上げた。
「よくこわくないですね、お嬢様! 大きい上に気の荒い馬で、わたしらでさえなかなか近寄れないんですのに」
  誰の馬……? と聞く一言が、どうしても口から出なかった。 ディックとは何者なのだろう。 公爵の狩猟場を下調べする先遣隊だったのだろうか。
  アルタイルに触れているうちに、両足がゼリーのように頼りなくなってきた。 どうしよう。 2日間だけの恋人が、おそらく今、館の中にいる。 いったいどんな顔をして会えばいいのか。 いや、それより前に、どうやって口止めできるのか!
  まずやるべきことは、彼がどこの誰かを知ることだった。 ジュリアはいったん馬車に戻り、中を覗くふりをしながら、ぐずぐずしているエリナーに言った。
「落し物をしたらしいの。 先に入っていて」
「え?」
  エリナーはぎょっとなった。 父に似て妙に人見知りなところがあって、強気なわりには単独行動ができないのだ。
「いやだわ。 ひとりで入るなんて。 ここで待ってるから、早く探して」
  そうだ、もういつもエスコートしてくれたジャックがいないから……。 困ったものだ――助け舟を探していたジュリアの視野に、ちょうど入ってきて馬から下りたエドワードの姿が入った。
  しめた! ジュリアはうれしくなった。 幼馴染のエドワード、通称エディは、ちょっとぼんやりしているが優しい青年で、エリナーは以前から彼に好意を持っていた。
「エディ!」
   彼も呼ばれてすぐジュリアに気がついて、うれしそうに手を振った。
「こっちよ、エディ」
  彼が近くに来ると、ジュリアはさっそく頼んだ。
「ブレスレットの留め金が落ちたみたいなの。 探してみるから、エリナーを中に連れていってやってくれる?」
「ああ、いいよ」
  二つ返事で引き受けて、エディはエリナーに腕を差し出した。 エリナーの顔がぱっと明るくなった。 エディ・キャラハンのような美男と並んで入れるのは嬉しい。 もう姉のことなんか忘れて、エリナーはさっさと歩き出した。

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