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  待ち焦がれて 6


 ゴードンの毛虫眉が逆立った。
「道に迷っただと? 供の者を僧院に待たせて、ジャック・ナイトンを追っていったおまえが? 僧院に戻ってくればそれでいいことじゃないか!」
「ジャックは戻ってきましたか?」
「翌日、ぐでんぐでんになって一人でな」
「私を置き去りにして」
  確かに娘の言うとおりなので、ゴードンは唸った。
「あの恩知らずめ! 8年も育ててやったというのに」
「足が速くて追いつけませんでした」
  表情を変えずに、ジュリアは言い切った。 泣いて頼んだのに縁談を押しつけてくる父親なんか、もう騙しても良心の咎めはなかった。
「それで野宿したと?」
「ええ」
  ぼろぼろで泥だらけの娘を見て、ゴードンはもう一度うなった。
「おまえは賢いようで間抜けだ。 グレイズの丘で迷うやつがあるか」
「誰も探しに来てくれませんでしたから」
  どうやらそれは本当だったらしく、ゴードンは言葉に詰まった。
「それは……おまえが駆け落ちしたとパトリックが言い張って」
「間抜けはあの人です」
  ジュリアは容赦なく言い放った。 ゴードンは顔をしかめた。
「何という言い草だ。 未来の夫になる男を」
「私はいやです。 そうはっきり言ったはず」
「パトリックのどこが気に入らないんだ! 家柄、財産ともに申し分ない上、なかなかの美男じゃないか」
「彼は意地悪で心が狭く、おまけに私を嫌っています」
「そんなことはないぞ。 きれいでしとやかな、いいお嬢さんだと……」
「そのうえ、嘘つきなんですね」
  あきれて、ジュリアは溜め息をついた。


  結局、父親の怒りは収まった。 ジュリアのような世間知らずには大した冒険はできないと、たかをくくっているらしい。 しかし、どこかにほっとした雰囲気もあった。
  胸を撫で下ろしたのはジュリアも同じで、早く着心地の悪い服を着替えたいと、父の書斎を出て早足で寝室に向かったが、そこには第二の難敵が待っていた。
  戸口に寄りかかり、いらいらとジュリアを迎えたのは、1つ違いの妹、エリナーだった。 勘が鋭い上に癇癪もちのエリナーは、父のようには簡単にごまかせなかった。 よれよれのマントを一目見ると、エリナーはフンという口調で言った。
「縁に蝋がこびりついてるわよ」
  あわてて見ると、確かについていた。
  エリナーは神に訴えるように天井を見上げた。
「野宿で蝋燭ね……」
「やめてよ」
  急いでこすり落とすと、ジュリアは開き直った。
「もう言いつけても証拠はないわよ」
「ねえ、誰といたの?」
  そっちの方が興味あるらしい。 エリナーはにやにやしながら顔を近づけてきた。
「ジャックは翌日には戻ってきたらしいから違う、と。 ほかにあの辺にいそうな男の子は……」
「祭りを見てきたのよ」
  やむを得ず、ジュリアは半分だけ真実を言った。 しかし、エリナーはなかなか獲物を離さなかった。
「誰と? 私もお忍びで行ったけど、女一人で歩けるところじゃなかったわよ」
「へえ、あなたも行ったの。 誰と?」
  姉妹は互いに探りあった。 最初に笑い出したのは、エリナーだった。
「まあいいか。 要領の悪いお姉さまが、初めて羽目を外したんだものね。 でも今度からはもっとうまくやってよ。 お父様が2日間荒れちゃって、私に当り散らしてたんだから。 ほんといい迷惑よ」


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