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表紙

リネットの海  14



 それまでの会話とはまるで違ったことを訊かれて、ハワードはきょとんとした。
「観光? なんだって急にそんな……」
「私、マドリッドまで行きたいんです。 どうしても行かなきゃならない用事があって」
 説得力を持たせるために、言葉遣いがつい大げさになった。
「人の生死にかかわるんです! でも私、スペイン語は話せないし、今度引ったくりに遭ったらお金全部なくしちゃうだろうし」
 相手の同情に訴えるのは少々汚い手だが、リネットは必死だった。
「船賃と旅行費用は二人分出せます。 一緒に船に乗ってくれませんか? マドリッドまでたどり着けたら、大丈夫なんです。 身内が見つかるはずですから」
 頼みこんでいるうちに、リネットは田舎娘のふりをするのを忘れ、普段の言葉遣いになってしまっていた。 ハワードは別に気付いた風もなく、難しい表情をして、暗い通りの外れに目をやった。
「要するに、僕を用心棒に雇おうってわけだ」
「保護者です」
 本当にそんな気分になりかけていた。 R・O・ハワードは大して優しくはなかったが、頼もしかった。
 いらいらしたように、ハワードは鼻から強く息を吐いた。
「本物の保護者と来るべきだったな」
「ええ。 でも、いなかったんですもの」
 リネットは、しおらしく呟いた。
 緊張した沈黙の時間が流れた。 ハワードは、もう一度鯨のように息を吐いて、それから決断した。
「仕方ない。 君は危なっかしすぎる。 こんな柄の悪い港町に放り出していくのは気が進まない」
 自分で言い出しておきながら、駄目そうだとほとんど諦めていたリネットは、逆転勝利が信じられず、少しの間ぼんやりしていた。
 それから、感激屋の本性が出た。 ワッと頭に喜びが上ったリネットは、気持ちにまかせて駆けより、大きくて厳めしい男の首っ玉に飛びついてしまった。
「まあ、ありがとう! 一生恩に着ます!」
 不意を食らったハワードは、人懐っこいグレートデンに抱きつかれた犬嫌いさながらに、大慌てで腕を外そうとした。
「止めなさい! こら! 僕は君の保護者じゃない!」
 じたばたしている男の頬に音を立ててキスして、リネットはようやく彼を解放した。





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