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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 45

 そこは、あの水晶の間だった。 偽物のシモーヌたちは、この仕掛けを偶然に発見して、こっそりと集まるときに使っていたのだろう。 隠し戸を開けて中に滑り込むとき、シモーヌはスカーフを外して、緞帳の裏に軽く結んだ。 表からは見えない場所だった。
 その合図を見届けてから、メイヨーは踵を返した。 一人で深追いするのは危ない。 それに、抜け道がわかった今は、もうシモーヌことオーレリー・バトンは袋の鼠も同然だ。 城門はすべて閉まっている。 そして、戸外はしんしんと雪が降っていて、どこへ逃げても足跡が残るはずだった。

 メイヨーは廊下を引き返して、再び姫の部屋に駆けつけた。 ジョゼットは姿を消していたが、ミシェル・ラプノーはまだ控えの間にいて、コリンヌと頭を寄せて、なにやら小声で話し合っていた。
 ノックもせずに飛び込んできたメイヨーを見て、二人はぴたりと話し止んだ。 どこか不自然な様子だったが、そのときのメイヨーはほとんど気付かなかった。
 ラプノーは緊張した顔で、メイヨーに尋ねた。
「さっきの亡霊のような声は、おまえだったのか?」
「はい」
 まだ弾む息で、メイヨーは答えた。
「あれで慌てたらしく、水晶の間に隠れました。 それで、ご報告に」
「やはりそうか。 お前がこっそり後をついていくのがわかったから、任せておいたが、よくやった」
 そう言うと、ラプノーは手を叩いて、外の回廊に待機していた部下たちを呼び、三箇所ある階段に詰めるよう命じた。
「通路を押えておけば、四階の窓から逃げることはできないだろう。 もしできたとしても、水晶の間の外壁は見張り台から丸見えだ。 ウサギを撃つよりたやすく殺せる」

 部下達が数人を残して、三手に分かれて去った後、メイヨーは自分の抱いた疑いを詳しく説明した。
「お聞きの通り、あの女はシモーヌ妃ではありません。 彼女はオーレリー・バトン。 軽業師で、詐欺師で、人殺しの女です!」
 ラプノーのきりりとした顔は、怒りと、もう一つよくわからない感情で、暗くかげっていた。
「ジョゼットもそう語っていた。 あの悪魔に狙われたら命がないと言って、おびえ切っていた。 だから、番兵に命じて弟の元へ連れていかせたところだ。 ジャン・ピエールならしっかりと守ってやれるだろうから」
 コリンヌがかすれ声で、呻くように言った。
「それでは、森で殺されていた『呪い人形のオーレリー』は……?」
「本物のシモーヌ様だ。 そうとしか考えられん。 くそっ、よく気がついたな。 どこでわかった?」
「手口が似ていたからです。 無邪気な顔で入り込み、妻となった後、家族を次々と殺すやり方が」
 髭を噛みながら、ラプノーは部屋の中を行ったり来たりした。
「とんでもない事態だ。 このままだったら、我らは姫様だけでなく、伯爵様まで危うく失うところだった」
「殿様は、今までよく寝首をかかれなかったものです」
 コリンヌが、消え入りそうな細い声で言った。
「今回は用心したのだろう。 何年か我慢強く待って、怪しまれないようにこの城を乗っ取るつもりだったのだ」
 そこでラプノーの眼が、いくらか面白そうにまたたいた。
「それにしても、あの不気味な声は効いたな。 わたしまで背筋がぞくっとした」
 メイヨーは苦笑した。
「わたしも旅芸人の一座にいて、手品や寸劇を演じていました。 いろんな声を使い分ける術は、親分から習いました」
「なかなか役に立つ男だ」
 そう呟いたラプノーに、メイヨーは懸命に頼んだ。
「お願いします、討伐隊に加えてください! あの女が滅びるのを、この目でしかと確かめたいのです!」
「よし」
 ラプノーの眼差しが、一挙に鋭さを増した。
「これから勝負だ。 あの女狐の正体を暴き、奈落の底へ突き落としてやろう!」







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