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 カークが帰っていった後、ハーミアはしばらく頭を垂れて思いにふけっていた。 祈りの姿勢で指を組み合わせ、固く眼を閉じているその姿は、散歩から戻ってきたチルフォード夫妻にもおいそれと声をかけられないほど真剣で、強い緊張感に満ちていた。
 やがてユーナが誘うように呼びかけた。
「ハーミア、行きましょう」
 ゆっくりと、ほとんどしぶしぶ、ハーミアは顔を上げてうなずき、義理の親たちに従って歩き出した。 

 夫妻が真っ先にハーミアを馬車に乗せようとしたとき、ゆるやかにカーブした道の向こうから娘がひとり、息せききって走ってきた。 それはさっきまで浜辺で逮捕劇を見守っていた村娘のマティだった。
「ハーミアさん! ハーミアさん、ちょっと!」
 乗りかけた足を下ろして、ハーミアはマティを待った。 キースとユーナはどちらも冷たい表情でマティが近づいてくるのを見守った。 さっき聞いた犯人との会話が、二人の胸に疑惑の影を落としていた。
 大きく胸を上下させながら馬車に駆け寄ったマティは、かすれ、裏返りそうになる声を、なんとか絞り出した。
「昔の事件は、お気の毒なことでした。 地主のウォーレンさんは確かに一味でしたし、村の男たちも何人か悪事に加わってました。
 でもハーミアさん、イーサンやネッド、それに私も、本当に何一つ知らなかったんです。 知ってたらあんな平気な顔してハーミアさんと話したりできません!
 それに、ウォーレンさんだって、無理やりやらされてたんです。 借金を肩代わりしてやったって恩を着せられて。 だから後悔して、すべてを遺書に書いてお役人に残したそうなんです」
 ハーミアは、走ったために真っ赤になったたマティの童顔を少しの間見つめていた。 それから腕に下げていた手提げを開いて、中から小さな箱を取り出した。
「イーサンと婚約したんですってね。 デビーから聞いたわ。 だからこれ、持ってきたのよ」
 箱を差し出されて、マティはぽかんと口をあけた。
「あの、これ、私に?」
「ええ、おめでとう。 じかに渡せてよかったわ」
 まるで触れたら壊れてしまいそうに、マティはおそるおそる箱を受け取った。 震える指で蓋を開けると、中には小ぶりなブローチが収まっていて、かすかな紅い輝きを放っていた。
 マティの丸い眼から、二筋の涙がこぼれ落ちた。
「ハーミアさん……ハーミアさん!」
 夢中で、マティはハーミアに抱きついてしまった。 寂しげな微笑を浮かべて、ハーミアもしっかりと友達を抱き返した。



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