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 教会の裏手から出て、白く波頭の立つ入り江を見渡しながら、崖をゆっくりと歩いていたチルフォード夫妻は、もう頃合だろうと墓地へ戻りかけていた。
 その視線の先を、やみくもに走ってくる男の姿がかすめた。 砂浜を蹴散らすようにして海を目指している。 だが彼の後ろには制服を着た警官が二人と、黒いマントをひるがえした若い士官が追いつこうとしていた。
 夫妻は、その士官の顔に見覚えがあった。
「バートンさん!」
 驚いたユーナが小声で叫んだ。
 崖下で追跡している男たちには夫妻の姿は目に入らなかった。 追われている若い男は、崖のふもとに繋がれている小船に飛び乗り、必死で漕ぎ出そうとしたが、すぐに迫ってきた追跡者に掴まり、じたばたしながら砂の上に倒された。
 村人が数人、遠巻きにしてその光景を眺めていた。 後ろ手に縛られて引ったてられていく若い男は、凄い目つきで見物人たちを睨みつけた。
「てめえら、知らんぷりするんじゃねえよ!」
 たじたじとなって、人々は後ろに引いた。 その前をもがきながら連行されていく途中、男はなおも怒鳴りつづけた。
「ジョナス! 酒代に金鎖受け取ったのはどこの誰だい! ドマー、おまえさんもだ。 俺がウィスキーをおこったとき断ったか?
みんな知ってたんだ。 俺たちが何してるか、知ってて口をつぐんでたんだ!」
「やめて」
 ユーナの顔見知りの、マティという娘が耐えられなくなって、小声でたしなめた。 すると掴まった男は夢中で身もだえして、いっそう大声で喚いた。
「マティ! マティ! おまえのためにやったんだ! おまえの気を引きたくて!」
「嘘よ、イノック!」
 マティは泣きながら言い返した。
「あんたは自分が金持ちになりたかったのよ。 私が好きなのは別の人だってよく知ってたくせに!」
 警官は容赦なくイノックを引き立てていった。 ラルフは一人だけ足を止め、よく響く声で村人に告げた。
「トム・ベントが舞い戻ってきたら、かならず警察に知らせるように。 かくまうと海賊の一味とみなすことになるぞ」
 石のような沈黙が返ってきた。 人々は上目遣いにラルフを見ながら、ひとり、またひとりと歩み去って行った。 マティでさえ逃げるように足を速めて小走りで行ってしまった。

 一部始終を見ていたチルフォード夫妻は、残された形になって黙然と浜に立ち、荒い波の立つ海面を眺めやっているラルフのほうへ歩み出した。
「バートンくん!」
 ラルフはひどく驚いて顔を上げた。 まったく二人に気付いていなかったらしい。
「これはチルフォードさん。 どうしてここに?」
「いや、ハーミアが亡くなった家族の墓参りをしたいというのでね」
 とたんにラルフの端正な顔に影が走った。
「そうですか」
 その口調に、ユーナは何かを感じた。 それで、思わず身を乗り出して尋ねた。
「どうなさったの? ハーミアと喧嘩でも?」
「いや」
 日が照ってもいないのに、ラルフは眩しそうに目を細めて空を見上げた。
「決してそんなことは」
「それならご相談があるんだけど」
 珍しくユーナは強引だった。
「あの犯人はどこへ連れていくんですか?」
「ライベリーです」
「そう、丁度よかったわ」
 ユーナの眼が秘密めいた光を放った。



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