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　だが、主人の予想に反して、カークたち遊び仲間はなかなか姿を現さなかった。　食事をゆっくり取ったり化粧を長く直したりして、ハーミアはできるだけ粘ったが、三時に近くなったので、キースがきっぱりと断を下した。
「疲れているのかもしれないがね、ハーミア、もうそろそろ出発しないと、暗くなる前にアレンマスへ着けなくなる。　そうなればライベリーの町で宿を取るのも難しくなるよ。　さあ、行こう」
「はい、お父様」
　ハーミアは従順に答えた。　心の奥にほっとしたものがあるのを感じながら。

　馬車が海際の教会に到着したのは、四時少し前だった。　三人一緒に粗末な墓の前に跪き、黙祷を捧げた後、キースは妻をうながして墓地の外に出て、海岸を散策しに行った。　ハーミアを心置きなく亡き家族と対話させようという、せめてもの心遣いだった。
　たむけたいが、この季節に花はない。　ハーミアは、首から細い銀製のペンダントを外して、墓の前に置いた。　そして、忘れかけたフランス語を懸命に思い出しながら囁いた。
『お母様、ジャン・ジャック、それに、共に襲われて海で亡くなった皆さん、海賊の首領は追いつめられて破滅しました』
　海風が絶え間なく吹き寄せ、ボンネットに巻いた薄絹のスカーフが羽のようにはためいた。　故郷の祈りをつぶやきながら、ハーミアは指で優しく墓石を撫でた。
『神の御元で安らかならんことを、アーメン』
　ゆっくりと立ち上がったとき、ボンネットの縁が風にあおられて巻き上がった。　とっさに上目遣いになって手で押さえたとき、墓地の外れに人影が見えた。
　そのすらっとした影は、スマートな身のこなしで墓の間を縫って近づいてきた。　粋な帽子の下に若々しい顔を見てとって、ハーミアは思わずよろめきそうになった。
　それは、カーク・レイモンドだった。　あっという間にハーミアの前まで来ると、カークは帽子に手をかけて挨拶し、せわしない声で言った。
「僕に会いたいと言ってこられたんですって？　バーナムに聞きました。　あ、バーナムって、トレッドミルの駅舎のおやじです」
「はい」
　いったん緩んだ気持ちをどう取り戻していいか分からないまま、ハーミアはぎこちなく手を差し出した。　その細い手を、カークはそっと壊れ物のように握った。
　声はなかなか出なかった。　それでも相手が待っているので、ハーミアは覚悟を決めて、自分で思ったよりもしっかりした調子で話し出した。
「あの、バートンさんと私が巻き込まれていたごたごたは解決しました。　ですから、つまり、あなたと交わした約束について、話をしようと思って来ました」
　カークは眼をきらきらさせた。　なんだか面白がっているようにさえ見えた。
「はい、それで？」
「それで、もしあなたが今でも私を望むなら」
　カークの口からそよ風のような溜め息が洩れた。
「もちろん望んでますよ。　たぶん一生憧れは残るでしょうね」

　憧れ？　ハーミアの顔が上がった。　白い百合のように冷気に浮き上がった顔を、カークは愛しそうにつくづく眺めた。
「いくら見ても飽きない。　僕が画家だったらきっと、夢中であなたを描いていますよ。
　でもね、ハーミアさん、僕にも自尊心はある。　他の男に心を捧げている人を、無理に妻にしようとは思いません」
　ハーミアは激しくまばたきした。　寒さからではなく、全身に大きな震えが走った。
「レイモンドさん」
「カークと呼んでください」
　少年のように無邪気な微笑が、カークの顔一杯に広がった。
「あれは、あなたの本心を試すために言ったんです。　彼のためにどこまで犠牲を払えるのか、知りたかった。
　あまりはっきりと結果が出たんで、悔しくさえありませんでしたよ。　あなたは彼の命が助かるなら、なんでもするつもりだったんだ。　たとえ彼を失うとしても」
　不意にハーミアの手を離して、カークは声を出して笑った。
「本当なら怒るべきですね。　でも、僕は感動しちゃいました。　普通の女性はもっと計算高いものです。　結婚相手には身分を、愛人には金を求める。　それはそれで当然なんだけど」
　ふっと笑い止んで、彼の顔は怖いほど真面目になった。
「もしあなたが知らん顔をして済ませるつもりだったら、逆に約束を果たせと迫ったかもしれません。　でもあなたは安全になるとすぐに、僕に会いに来てくれた。　誠意には誠意を持って応えたいじゃないですか。
本当に大事な人はそっとしておきたい。　そういう気持ちが男にはあるんです。　ここで、幸せになってくださいと言えれば、もっと格好いいんだろうけど、僕にはそこまでの心の広さはない。　でも、約束で縛る気はありません。　あなたは自由です。　小鳥のように」
　束の間、ハーミアはじっとしていた。　それから頭を垂れて、ゆっくり膝を折った。