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 一瞬の驚きの後、ハーミアの唇は、枝から離れたマグノリアのつぼみが水に落ちてほころびるように、ふわりと柔らかく開いた。 しゃにむにその細い体を抱えたまま、ラルフは夢中でキスを繰り返した。 息が続かなくなって口を離しても、すぐまたたぐり寄せて、上気した頬に頬を重ねた。
「ハーミア、君は磁石のように人を引きつける」
「あなたこそ」
 耳のすぐそばで、寂しげな呟きが聞こえた。
「あなたは光のような人です。 明るさとウイットで、どこにいても周りを楽しませ、愛される人。
 でも私は違います。 見かけは母ゆずりでちょっとは目を惹くかもしれないけれど、中身は地味で面白みに欠ける、影のような存在です」
「そんなことはない! 淑やかなのが罪なのか? 派手に振舞わなくても奥が深い女性はたくさんいる。 君もまさにその一人だ」
「買いかぶりです」
 そう囁き返しながらも、ハーミアは無意識に腕を上げて、ラルフの若木のような背中に回そうとした。 だが、抱きしめる寸前に気がついて、両手は力なくだらりと下がった。
「わたしのような者が愛していると打ち明けたら厚かましいだろうか。 清らかな生活を送ってきたとは義理にも言えない。 婚約したこともあるし、その一歩手前で止めてしまったこともある。
 でも、これだけは誰に恥じることなく口にできる。 こんなに人を好きになったのは初めてだ。 これほど強く、独り占めにしたいと願ったのも」
 ハーミアは目を閉じた。 木を断ち割ったように真正面から堂々と求愛してくるラルフ。 その言葉に、温かい胸に、唇に、理性が溺れてしまいそうだった。
「父上の元へ申し込みに行っていいだろうか。 君が一言、いいと答えてくれれば、わたしは求婚者と認められるようどんな努力でもする。 危険な密偵は止め、正規軍に戻ろう。 これまでのいきさつがあるから、任地は望み通りにしてくれるはずだ。 内地勤務にしてもらい、君と二人平和に暮らしたい。 金持ちにはなれないが、そこそこの暮らしはさせてあげられる。
 きっと幸せになれる。 父上に会いに行っていいかい? いいと言ってくれ。 お願いだ、ハーミア」
 ハーミアは、下ろした手をゆっくりと持ち上げ、ラルフの胸に置いた。 そして、心に迫る声で答えた。
「夢にも思わなかった。 本当に、ただの一度も。 あなたが私に本気になるなんて。
誇らしいし、すごく嬉しいけれど、結婚となると……」
「急ぎすぎたかい? それなら待つ。 君の心がわたしを受け入れる準備ができるまで、いつまでも辛抱強く待つつもりだ」
「ラルフ」
 うるんだ眼が情熱に歪んだ男の顔を見上げた。 壁の灯りがその眼に映って、はかなげに輝いた。
「ラルフ、あなたの気持ちを傷つけたくないけれど、私には」
 息がどうしようもなく乱れたので、ハーミアはいったん言葉を切って呼吸を整えた。
「もう、約束した人がいます」


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