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39

 腹を決めたローワンは、横柄に顎をそびやかした。
「だから何だ。 フランスの落ちぶれ貴族の娘など、この国でどれほどの力がある!
 そこの若造も、国王の秘密捜査官か何か知らないが、もうジョージ国王は弱りきっていて、明日にでも皇太子殿下が摂政になるのは皆が知っている。 時代は変わったんだ」
 うそぶきながら、彼が胸を飾るレースの縁取りの下から取り出したのは、鈍く光る長筒の拳銃だった。
 すぐにラルフがハーミアを引き戻して、背後に庇った。
「あなたという人は、間もなく殿下がお見えになるこの控えの間で、殺人を犯そうというんですか!」
「いや、殺すのは君だ」
 ローワンの指が、慎重に劇鉄を起こした。
「君が邪〔よこしま〕な想いを寄せてその令嬢を襲い、絞め殺す。 それを発見したわたしに射殺されるんだ」
 ラルフは思わず失笑した。
「自慢ではないですが、わたしは言い寄った女性に振られたことはありませんよ」
「うるさい!」
 ローワンが右腕を上げて狙いを定めようとしたそのとき、半開きになっていた背後の扉から、強い声が聞こえた。
「そこまでだ!」


 入口から悠々と現れたのは、数人の取り巻きを引き連れた皇太子その人だった。 彼にすべて目撃されていたと知って、さすがのローワンも衝撃に青ざめ、たじたじと後ずさりした。
「殿下……」
 はっきりした嫌悪の眼差しで、皇太子はローワンと、その手に握られた拳銃を眺めた。
「いやしくも紳士たるもの、絶対にやってはいけないことが二つある。 それは、賭博でインチキをすることと、女子供を襲って金を奪うことだ。
 さて、ローワン君、賭け事で不正をしたのがばれたとき、人はどのように振舞うかね?」
 いまや枯れ葉のような顔色になったローワンは、だらりと腕を垂らし、定まらない視線で呟いた。
「……自害します」
「そうだ。 それが名誉を守る唯一の手段。 さあ諸君、伯爵をひとりにしてやろう。 まだ夜は長い。 フランス国境から闇で素晴らしいブランデーが手に入ったんだよ。 バカラをやりながら一杯やるのはどうだね、諸君?」
「それは素晴らしい」
「お供します」
 がやがやと出ていく貴族たちに混じって、ラルフとハーミアも正面ドアから部屋を後にした。
 数歩行ったところで、火薬の破裂音が空気を揺るがした。 足を止めた皇太子は、すぐ後ろについていた若い貴族に命じた。
「ちゃんと実行したかどうか見てくるように。 後始末は執事のベイユにやらせなさい」
「かしこまりました」
 やや血の気を失った貴族が足早に戻っていくのを、ハーミアは無言で見送った。


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