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30

 ラルフは素早く悟った。 なぜ自分が急に罠にかけられたか、その理由を。
 前の晩、ハーミアの部屋で交わしたあの打ち明け話だったのだ。 小間使いのコニーはそっと起き出して、二人のひそひそ話を盗み聞きしていた。 そして、ラルフが密偵であることと、ハーミアが子供時代の記憶を失っていないことを、敵の首領に密告した……
 自分だけでなく、ハーミアも危ない! ラルフは、さっと床に片膝をつき、気絶した男を強く揺すぶった。
 痛みで意識が戻ってきて、男はうっすらと目を開いた。 すかさずラルフは、耳元に口を近づけて怒鳴った。
「わたしを連れ出せと命じたのは、誰だ!」
 男はあえぎながら、首を左右に振った。
「言えない。 言ったらとたんに殺される」
「言わなくても殺されるぞ。 口封じにな」
 ラルフは容赦なかった。
「こちら側の証人になれ。 そしたら命だけは助けてやる」
「めっそうもない」
 男は震え声で呻いた。
「あっしごときが証人になったって、太刀打ちできる相手じゃないよ! 判事が信じるもんか!」
 ラルフの頬に、凄い微笑が一瞬浮かんで消えた。
「そうか。 わかったよ。 もう半ば白状したも同じだな」
 男のおののきが強くなった。
「なあ、あんた! 悪いことは言わない。 手を引きな。 無理だって! 捕まえられっこない!」
「くだくだ言ってないで、目を閉じろ」
 そっけなく命令すると、ラルフはまた男を荷物のようにかつぎ上げ、裏口から運び出して、荷馬車に入れた。 そして、下男のハルに早口で指示した。
「藁をたっぷり上に載せて隠せ。 帽子を深くかぶって、ジェレマイア先生の庭に運んでいくんだ。 先生は信用できるから、ひそかに治療してくれるよう頼んでくれ。 あ、コニーとすれ違っても無視するように」
「わかりました」
 寡黙だがしっかりしているハルは、すぐにてきぱきと取り掛かった。

 母屋はまるで戦争だった。 召使たちは先を争って荷物を積み込み、二台の馬車に大急ぎで馬を取り付けた。
 その間に、ハーミアは母とアシュダウンに短く事情を話した。
「この近くの入り江で、しばらく前から起きていた難破は、破船賊のしわざだったんです」
 たちまちユーナは真っ青になった。
「破船賊……!」
「ええ。 彼らはまず灯台の火を消し、崖の上に別の火をたいて、危険な岩場に犠牲者の船を誘いこみます。 そして何もかも奪うんです。 命までも」
 アシュダウンはまだぴんと来なかった。
「それがさっきの怪我人やこの慌しい出発とどういう関係が?」
「あの男は破船賊の一味なんですよ」
 ユーナがじれったそうに説明した。
「そしてハーミアは、犠牲者の娘……」
 そこまで言って、ユーナは飛びあがった。
「いやだ! あなたとラルフは二人して、破船賊を探っていたの? 何て危険で野蛮なことを!」
 そして、つむじ風のようにハーミアの腕を捕らえ、馬車を目指して走り出した。
「逃げなきゃ! すぐに逃げなきゃ!」


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