表紙へ
表紙目次前頁次頁総合目次

28

 ラルフはのっぽの男の襟元を掴むと、厳しく問い正した。
「言え。 誰の命令でわたしを連れ出した!」
 男はそっぽを向いた。 喉仏が忙しく上がったり下りたりしている。 緊張のきわみにいるようだった。
 ラルフはぐいと引いて男を立たせ、馬車まで連れていこうとした。 だが、三歩も歩かぬうちに、どこからか銃声が響いた。
 同時に、グボッという喉にからまる声を残して、のっぽの男が崩れ落ちた。 危険を察知して、ラルフはもちろん、助っ人三人も、急いで馬車の後ろに身を隠した。

 銃声はそれきり止んだ。 当時の銃はまだ連発ができず、一発撃ったら手早く詰め替えるか、または弾込めした銃を次々取り替えるしか連射の手段はなかった。 たぶん暗殺者は、ライフルを1丁しか持っていなかったのだろう。
 やがて緊張を解いたラルフは、馬車から離れて、倒れている男を調べに行った。
「頭に命中している。 凄い腕前だ。 ライフル部隊にいたやつの仕業かもしれない」
 カークたちはてんでに顔を見合わせた。 制服まで用意して警官を装い、ラルフをおびき出すという周到な作戦を立て、失敗するやいなや口封じをする。 これは明らかに、単なる追いはぎの域を越えていた。
 何かの陰謀に巻き込まれたことを、カークは鋭く悟った。 しかし、彼はめげなかった。 垂れてきた前髪をさっと払って、不敵な微笑を浮かべながらラルフに相対した。
「おわかりでしょうが、僕らが木を置いておいたんですよ。 あなたをこいつらから救い出すために」
「助かったよ」
 ラルフは軽く口元をほころばせて答えた。
「だが、どうして君達が? 何の関係も、義理もないだろう?」
 カークが答える前に、かわいい顔をしたサムが口走ってしまった。
「ハーミアさんですよ。 あのきれいなお嬢さんが、カークに泣きついたんです」
 さっとラルフの表情が変化した。 彼を自分たちと同じただの遊び人だと思っていたカークは、別人のように厳しさを増したラルフの迫力に押されて、自分も真顔になった。
「それで、ハーミアさんはどこに?」
「別荘へ帰しました。 もうとっくに着いているはずです」
 いくらかほっとして、ラルフは懐から金袋を出し、金貨数枚を残して、近くにいたサムに丸ごと渡した。
「ありがとう。 君達のおかげで命を救われた。 だが、どうやら君達やハーミアさんまで巻き込んでしまったらしい。 どうかこれで、しばらく姿を隠していてくれ。 ドーバーか、あるいはロンドンまで行って人ごみに紛れるのがいいかもしれない」
「いつまでです?」
 相好を崩したサムに、カークが近づいて袋を取り上げながら尋ねた。 ラルフは、静かな確信を持って言い切った。
「一週間。 長くても十日だ。 それ以上危ない目に遭わせることはない」
 チェスターは皮肉な笑いをにじませながら、意識を取り戻しかけてごそごそしている御者を蹴落として、さっさと御者席に陣取った。
「さあ、行くぞ。 カーク、おまえの馬をこの人に貸してやれ。 後でボビーに取りに行かせればいい」
「そうだな」
 カークは自分の馬を引いてきてラルフに渡し、サムと二人で奪った馬車に乗り込んだ。 三人がさっさと遠ざかるのを、ラルフは馬の手綱を持ったまま、しばらく見送った。 そして、どこからも新たな狙撃がないことを確かめて、ゆっくりと御者に近づいた。
 御者は血のにじんだ脇腹を押えていたが、ラルフの行動を見澄まして、不意にすばしっこく立ち上がると、全速力で林の中を走り抜けていった。 たいした怪我ではなかったらしい。
 あえて深追いはせずに、ラルフは方向を変えて、地面にうずくまっているチビの偽警官に近づき、肩にかつぎ上げて馬の背に引っかけた。


表紙目次前頁次頁

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送