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ラルフが声を出す前に、色黒で細面のその男は素早く口に指を当てて黙っているよう合図し、あごをしゃくって話し声のほうを示した。 御者と偽警官たちが、ぶつくさ言いながら馬車へ戻ってくる様子で、すぐに声が近づいてきた。
「余計な手間取らせやがって」
「幹がささくれてたらしい。 手に刺が入っちまった」
ガチャンとドアが開けられた。 それから少し沈黙があって、背の高いほうの偽警官の叫びが轟いた。
「いねえぞ! くそっ!」
「落ち着け。 そう遠くへは行けないはずだ。 ここの林はまばらだし木も細い。 よく見ろ。 遠目が利くんだろ?」
のっぽが辺りを探し始めた。 潮時を悟り、細面の男とラルフは頷き合って同時に剣を抜いた。
いきなりすぐ横のやぶから、しかも一人ではなく二人も屈強な男が現れたので、悪者たちはたじたじとなって、あわてて腰に手をやった。 持ち替えて剣の感触を確かめながら、ラルフが通る声で尋ねた。
「おまえ達は警官じゃないな。 なぜ、そしてどこに、わたしを連れて行こうとしたんだ」
答えの代わりに、男たちは一斉に剣を抜いた。 ラルフの頬に、不敵な片えくぼが浮かんだ。
「ほう、やる気なのか」
とたんに御者の鞭が飛んだ。 丸い玉のついた鞭の先が鎌のように動いて、細面の男、つまりチェスター・ドウズの手から剣を叩き落とした。
「畜生!」
低く唸って、チェスターはかがみ込んで拾おうとしたが、その度に長い鞭にはばまれて、左右に避けるしかなかった。
その間、ラルフは二人の偽警官と戦っていた。 幸い二人とも正式に剣術を習ったことがないらしく、やみくもに振り回すだけなので、ラルフは左右から打ってかかる長剣をやすやすと受け流し、突きを入れる機会をうかがっていた。
チャンスは間もなく来た。 チビのほうの長ズボンが車輪の泥除けに引っかかり、一瞬視線をそらした。 その隙を逃さず、ラルフは一歩踏み出して鋭く突いた。
「あっ」
悲鳴とともに、チビは右肩を押えてよろめいた。 だが、のっぽもその一瞬の間を見逃さなかった。 突きの姿勢でラルフの体が伸びたのを見すまして、剣を力まかせに振りおろした。
ザッと布の裂ける音がした。 これが夏だったら、刃はラルフの体に食いこんだだろう。 しかし、ジャケットの上に分厚いフロックコートを重ねていたため、ラルフはぎりぎりのところで怪我をしないですんだ。
チェスターが心配して大声をかけた。
「無事か?」
「無傷だ!」
叫びかえすと、ラルフは再び剣を持ち替えてのっぽに打ってかかろうとした。
そのとき、鈍い銃声が響いた。 ほぼ同時に、鞭を振り回していた御者が前のめりとなり、ついでばったりと大の字に倒れ伏した。
戦っていた三人は、一斉に音のした方角に顔を向けた。 そこにいたのは、少年のような顔をした二十一、ニの若者で、煙の立ち昇る短銃を手に、きざっぽくポーズを取っていた。
相手が三人に増えたのを知って、のっぽの戦意はあっという間に消え、剣を投げ捨てるなり走り出した。 だが曲がり角で急に止まり、立ち往生してしまった。
すぐに理由がわかった。 栗毛の馬にまたがったカークが飛ばしてきたのだ。 三人と馬とのはさみ打ちに、のっぽはへたへたと道端にしゃがみこんでしまった。
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