表紙へ
表紙目次前頁次頁総合目次

25

 カークの顔に、夢見るような微笑が浮かんだ。
「やあ、来てくれたんですね。 まだ午前中なのに」
「いてくださってよかった」
 小さく息を弾ませながら、ハーミアは玉突き台を回ってカークに近づいた。 そして、胸に手を組み合わせるようにして、かすれ声で訴えた。
「お願いです。 人が誘拐されたんです。 助けてください!」

 サムが眼をぱちくりさせて何か言おうとした。 だが、カークは手で押し止め、低い声で尋ねた。
「どこで、誰がですか?」
「うちの別荘から、バートンさんが連れ出されたんです」
「バートンさん?」
「あの二枚目だろ。 このお嬢さんとずっと踊り続けていた」
 チェスターが嘲るように大声を出した。 ハーミアはびくっとした。 そして、必死で言葉を継いだ。
「何もなしでとは言いません。 六十ギニー、いえ、百ギニーまでなら工面できます。 犯人は警官のふりをして、馬車でライベリーに向かいました。 馬なら途中で追いつけると思います」
「ほう、百ギニーね」
 いつも借金に追われているサムが、心を動かした様子で呟いた。
 カークはゆっくりとキューを台に置いた。 そして、妙に静かな調子で尋ねた。
「そんなに助けたいですか?」
「ええ!」
 ハーミアは気が気でなくて、あえぎながら戸口を振り返った。
「殺されてしまうかもしれないんです!」
「なるほど」
 切れ長な薄青い眼が、きらりと光った。
「それならこちらも条件を出しましょう。
救い出せたら、あなたは僕と結婚してくださいますか?」

 チェスターが口を開け、また閉じた。 サムがもじもじと体を動かして、そっとカークの袖を引いた。
「おい、それはちょっと……」
「わかりました」
 瞬時に決断して、ハーミアはきっぱりとうなずいた。
「バートンさんは偽警官二人と馬車に乗っています。 十分ほど前にうちの別荘から出たんですが、助けられますか?」
「できますとも」
 自信たっぷりにカークは言い切り、友人二人に向き直った。
「サム、馬の借金をちゃらにしてやるから、ラングレン街道を脇道から入って、道に木を倒しておいてくれ。 俺はモックからライフルを借りて、すぐ追いつく。 それで、チェスはどうする?」
「俺か?」
 痩せぎすで豹のような顔立ちをしたチェスターは、口の片方だけを曲げて、にやりと笑った。
「もめごとは大好きだよ。 ただで行ってやるさ」


表紙目次前頁次頁

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送