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カークの顔に、夢見るような微笑が浮かんだ。
「やあ、来てくれたんですね。 まだ午前中なのに」
「いてくださってよかった」
小さく息を弾ませながら、ハーミアは玉突き台を回ってカークに近づいた。 そして、胸に手を組み合わせるようにして、かすれ声で訴えた。
「お願いです。 人が誘拐されたんです。 助けてください!」
サムが眼をぱちくりさせて何か言おうとした。 だが、カークは手で押し止め、低い声で尋ねた。
「どこで、誰がですか?」
「うちの別荘から、バートンさんが連れ出されたんです」
「バートンさん?」
「あの二枚目だろ。 このお嬢さんとずっと踊り続けていた」
チェスターが嘲るように大声を出した。 ハーミアはびくっとした。 そして、必死で言葉を継いだ。
「何もなしでとは言いません。 六十ギニー、いえ、百ギニーまでなら工面できます。 犯人は警官のふりをして、馬車でライベリーに向かいました。 馬なら途中で追いつけると思います」
「ほう、百ギニーね」
いつも借金に追われているサムが、心を動かした様子で呟いた。
カークはゆっくりとキューを台に置いた。 そして、妙に静かな調子で尋ねた。
「そんなに助けたいですか?」
「ええ!」
ハーミアは気が気でなくて、あえぎながら戸口を振り返った。
「殺されてしまうかもしれないんです!」
「なるほど」
切れ長な薄青い眼が、きらりと光った。
「それならこちらも条件を出しましょう。
救い出せたら、あなたは僕と結婚してくださいますか?」
チェスターが口を開け、また閉じた。 サムがもじもじと体を動かして、そっとカークの袖を引いた。
「おい、それはちょっと……」
「わかりました」
瞬時に決断して、ハーミアはきっぱりとうなずいた。
「バートンさんは偽警官二人と馬車に乗っています。 十分ほど前にうちの別荘から出たんですが、助けられますか?」
「できますとも」
自信たっぷりにカークは言い切り、友人二人に向き直った。
「サム、馬の借金をちゃらにしてやるから、ラングレン街道を脇道から入って、道に木を倒しておいてくれ。 俺はモックからライフルを借りて、すぐ追いつく。 それで、チェスはどうする?」
「俺か?」
痩せぎすで豹のような顔立ちをしたチェスターは、口の片方だけを曲げて、にやりと笑った。
「もめごとは大好きだよ。 ただで行ってやるさ」
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