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24

 そう言われて、ラルフは初めて気がついた。
「マシューズ? 確かに姿が見えないようだが」
「ライベリーの町で騒ぎを起こしたようです。 身元引受人になっていただきたいとのことで」
 やむなく、ラルフは二階へ行って、黒いコートをまとってまた降りてきた。 玄関には紺色の制服を着た警官が二人待っていて、ラルフを挟むようにして、丁重に箱馬車に乗せた。
 裏手の窓からその様子を眺めていたハーミアは、ラルフの後から乗り込む警官の足元を見たとき、納得のいかないものを感じて、もう一度見直した。
「茶色……?」
 先に乗った警官は規定どおり黒いブーツだった。 だが、後から続いたもう一人は、薄茶色の乗馬靴をはいていたのだ。
 ラルフがペンドマーに来たのは今回が初めてだが、ハーミアは四年続けて訪れていた。 だから村に駐在する警官の服装は見慣れていた。
「彼らの給料は少ないはず。 支給された靴以外に、あんなしゃれた乗馬靴を買うお金なんかないわ」
 胸に氷の剣を突きつけられたようになって、ハーミアは玄関から大急ぎで飛び出した。 しかし、もう遅かった。 箱馬車の御者は鞭を鳴らして馬に合図を送り、勢いよく走っていってしまった。

 間に合っても、引き止められたかどうかわからない。 どこか逃げるような急ぎぶりに、あれは確かに偽警官だと、ハーミアは確信した。
 救いを求めて、ハーミアは必死に頭をしぼった。 母に話すか。 それともアシュダウンさんにか。
 残念ながら、二人とも頼りになるとは思えなかった。 ことは一刻を争うのだが、警官に化けた男たちと戦うには、人数と腕力が要る。
 これが昨日か一昨日なら、村の若者達に助けを求めただろう。 でも、ラルフが教えてくれた。 そのうちの何人かは犯人の一味なのだった。
 十秒ほど悩んだ後、ハーミアは決然と顔を上げ、身をひるがえして馬屋に走った。 そして馬丁のウィギンスに、すぐマーテルという牝馬に横鞍をつけるよう頼んだ。
「お嬢様、一人でお出かけかね?」
「ええ。 昨夜ウォーレンさんのお宅に忘れ物をしたの。 取りに行ってくるわ。 すぐ戻るってお母様に言っておいてね」

 だが、三叉路まで来ると、ハーミアはウォーレン邸でも、ラルフたちが向かったライベリーの町でもない、第三の方角に馬を向け、凄い速さで走らせた。 そちらにはカズンズハイドという小さな町があった。

 のどかな平屋の遊技場の、たった一つしかない玉突き台で、カーク・レイモンドはビールを賭けて一勝負やっていた。
「今度はあの赤を三番ポケットへ」
「加減が難しいぞ。 手玉を落とすなよ」
「まあ見てろって」
 遊び仲間のサムを押しのけるようにして、カークは狙いを定め、すっとキューを繰り出した。 白い手玉は二度角度を変え、見事に赤玉を斜めにかすってポケットに落としこんだ。
 テーブルに寄りかかって見守っていたチェスターが笑って手を叩いた。
「こりゃどこまで続くかな。 サム、ビールを樽で買う羽目になるかもな」
「あの青が無理だよ。 あそこで止まる」
 わいわいと言い合っていた二人は、急にカークが緊張して体をぴんと伸ばしたので、その動きにつられて振り返った。
 入口に、ハーミアが立っていた。 ボンネットは斜めに曲がり、金色の巻き毛がほつれて首筋に垂れ下がっている。 運動したために頬がほんのりと染まって、神々しいほど美しく見えた。


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