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もう忘れろという気にはなれなかった。 二人は秘密の共有者になったのだ。 そう思うと、腕の中の体がこれまでになく近いものに感じられた。
ラルフはゆっくり金髪の頭を撫でた。
「もう温まったよ。 ありがとう。 そろそろ寝ないと、母上に怪しまれるかもしれない」
「ええ」
だがハーミアは動かなかった。 告白したことで心のこわばりがほぐれたのだろう。 力を抜いて幼児のように寄りかかっていた。
やがて、細い声がラルフの鼓膜を揺らした。
「もうあなたの邪魔はしないわ。 一人で村に行くのも止めます。
話して楽になったわ。 あの夜の出来事をわかってくれる人に逢えて、どんなに嬉しいか……
できれば海賊を捕まえてほしい。 でも危険は冒さないで。 昨日から嫌な予感がするの。 十年も尻尾をつかませなかった相手だもの。 すごい悪知恵の持ち主なんでしょう? 私……私、これ以上犠牲者が出てほしくない」
「それを防ぐために来たんだ。 こういうことには慣れているから、大丈夫だよ。 無理はしない」
ようやく、ハーミアは顔を上げた。 頼りなげな首筋が初々しかった。
「ひとつだけ教えてください。 一味には、村の人も加わっているの?」
ラルフの頬に、細い筋が入った。 言おうかどうしようかわずかに迷った後、ラルフはうなずいた。
ハーミアの顔が歪んだ。
「そんな…… みんな優しくしてくれたのに」
「もちろん全員じゃない。 ごく一部だ。 だが、海賊の存在をうすうす知っている人間はけっこういるんじゃないかな」
「それでも口をつぐんでいるのね」
「小さな村だから。 連帯心が強い。 それに、犯人たちに対する恐れも」
ゆっくりとハーミアの腕が落ちた。 自由になったラルフは、マントを腕にかけ、忍び足で廊下に出た。
人の気配はなかった。 隣りのアシュダウンは平和に寝ているらしい。 かすかに洩れてくるいびきの音に苦笑して、ラルフは幽霊のように自室にすべりこんだ。
翌日、『潮風邸』の泊り客たちは寝坊した。 昨夜の疲れが尾を引いて、なかなかベッドから出ることができなかったのだ。 一番早起きしたユーナ夫人でさえ九時過ぎで、欠伸をしながら一階に姿を見せた。
「みなさんはまだ? ハーミアも? しょうのない子ね。 この分だと食事は朝昼兼用になりそうね。
あ、デビー、エッグノックを持ってきて。 ちょっと寒気がするの」
「かしこまりました、奥様」
澄ました顔の女中が一礼して奥へ消えていった。
一時間後、ハーミアが腫れぼったい瞼で現れた。 風邪でも引いたのかとユーナが気遣っていると、紳士たちが賑やかに階段を下りてきた。
「いやあ、陽気なパーティーでしたな」
「あそこの酒は結構頭に残るようで。 階段が伸びたり縮んだりして見えますよ」
おどけて、ラルフがつまずいたふりをした。
ユーナは椅子から立ち上がり、威厳を持ってたしなめた。
「これからはお控えくださいね。 若い娘がいるんですから」
「はい、奥方」
殊勝に答えて、ラルフは熱々のエッグノックを運んできたデビーに眼くばせした。 デビーは視線を伏せながらも嬉しそうに頬を赤くした。
そのとき、玄関の方からに人声がして、間もなく執事が居間にやってきた。
「バートンさま。 従者のマシューズがどうとかしたと、村の警官が言っておりますが」
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