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部屋の明かりは落としてあったが、暖炉の照り返しで室内はぼうっと輝いていた。
「マントを取って。 ここに干しておけば、すぐ乾きます」
「ありがとう」
やや気詰まりを感じながら火に手をかざしていると、ハーミアがタオルを持ってきてくれた。
「北風が嵐を持ってきたのね。 すごい寒さだわ」
「耳がちぎれそうだった」
顔と頭を拭きながら、ラルフは笑った。 ハーミアはにこりともせず、真剣な眼差しでラルフの表情を確かめた。
「やはりあなたも調べていた。 そうだったんですね?」
ラルフは目をそらした。
「こう怪しげな事故が続くと、中央政府も放ってはおけなくなってね。 特に夏の事件は問題になった。 船主のグラティ氏も有力者だが、その友人で巻き添えになったアルヴィン・ファーガスが財務大臣のかわいがっていた甥でね」
「とうとうあいつらはタブーを冒してしまったわけね」
ハーミアの低い呟きは、ラルフの温まりかけた背筋を寒くさせる響きを持っていた。
彼女の憎しみがどれだけ大きいかをラルフは改めて思い知った。 荒れた海で浮き沈みしていたとき、いったい彼女は何を見、何を聞いてしまったのだろう。
今度こそじっくり話を聞ける。 ラルフはタオルを返しながら、つとめて何気なく尋ねた。
「それで君は、あいつらを見たんだね」
ハーミアはゆっくり息を吐き出した。
「見た、とは言えないわ。 影だけ。 猫みたいに、暗がりでも動けるようだった」
確かにその通りだった。 つい半時間前まで、ラルフは闇の化身のようなその影たちが砂浜を徘徊しているのを、自分の目で見ていた。
「そいつらは君の家族を……」
「母と兄よ」
さすがに声が揺れた。
「兄のジャン・ジャックはまだ十二歳だった。 泳ぎが得意だったわ。 でもあの波と暗さでは、浜までたどり着けなかったでしょう。 もちろん、泳げなかった母も……
そのほうが、いっそよかったのよ」
くっきりとした輪郭を描くハーミアの瞳が、ラルフを見つめているうちにぼうっとかすみ、霧がかかったようになった。
「船頭さんたちは泳ぎついたの。 船の破片につかまって浮いている人たちもいたわ。 でも、影が棍棒を振りかざして近づいて……」
気丈なハーミアでも、その後は続けられなかった。
細い肩が不規則に痙攣しているのに気がついて、ラルフは思わず、生乾きの胸に少女を抱き寄せていた。
「皆殺しにしたんだな」
「そう……」
ハーミアの心は七歳の悲惨な夜に飛び帰り、絶望と恐怖に打ちのめされていた。
「あいつらははしゃいでた。 みんなが動かなくなると、お金や宝石をもぎ取って、ポケットにつめこんでた。
そのとき、声がしたの」
「声?」
「そう」
大きく体を震わせて、ハーミアはラルフの腕に顔を伏せた。
「何を言ってるか、そのときはわからなかった。 まだ英語を知らなかったから。
とても偉そうに怒鳴ってたわ。 たぶん、取った物を持ってこいと言ってたんだと思う。
それから、笑ったの」
ハーミアの指が、ラルフのシャツを固く掴んだ。
「吠えるみたいに。 まるで狼みたいに!」
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