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そのとき、強風に吹き飛ばされた小枝が窓に当たって、驚くような音を立てた。
それをいい口実に、ユーナが椅子を引いて立ち上がった。
「そろそろ帰りましょう。 嵐が来ないうちに」
「そうですね」
食べるものは食べ尽くしたアシュダウンが機嫌よく応じた。
不服そうな顔をして向き直ったカークは、しかしチャンスを逃がしはしなかった。 かねて用意していたらしい飾りつきのカードをそっとハーミアの手に忍びこませて、耳元に言い残した。
「若いときは二度ない。 楽しみましょう。 明日と明後日の午後、ここで待ってます」
ちらっとカードを見た後、無表情なまま、ハーミアは手提げにしまいこんだ。
やがてさりげない様子で戻ってきたラルフは、申し訳なさそうにユーナに告げた。
「ちょっとトランプに誘われちゃいましてね。 一緒に帰れなくなりました」
「え?」
トランプと聞いて、アシュダウンの眼が輝いた。
「誰とやるんですか? もし人数が足りないようなら、わたしも……」
「いや、四人そろってます。 それに、奥方たちを送っていく人がいないと。 アシュダウンさん、すみませんがよろしく頼みます」
しかたなく、アシュダウンは髭についた酒を払い、のっそりと立ち上がった。
別荘に戻ったユーナは、疲れて足湯もそこそこに、すぐ眠りについた。 アシュダウンもいい具合に酔っ払って、十時にはいびきをかいていた。
しかし、ハーミアは暖炉の火を消さず、寝巻きの上にガウンを羽織ってうずくまり、海を渡ってくる冷たい風の音を聞いていた。
十時を少し回ったころから雨が落ちてきた。 風はますます強く吹きつのり、岩陰に身をひそめたラルフの長身さえさらっていきそうな勢いだった。
わずかに白さを見せている砂浜で、四人の男たちがわめき合っていた。 大声を出さないと風にちぎられてまったくお互いの耳に届かないのだ。
「くそっ、こりゃ今夜は来ねえな!」
「カレーの港を出たとたんに難破しちまうってよ!」
「だから船出を止めちまったか、畜生!」
マントの襟を立てて首元に雨水が入ってくるのを防ぎながら、ラルフは耳をすませた。 どんなささいな情報でも聞き取ろうとして。
半時間後、暖炉の前でうつらうつらしかけていたハーミアは、裏の戸が小さなきしみ音を出すのを聞きつけて、はっと目を開けた。
ガウンのボタンを止めながら階段の上に出ると、黒っぽい姿が足音を忍ばせて上がってこようとしていた。
外で水を払ってきたつもりだが、まだ頭からじわっと垂れてくるのを気にしていたラルフは、一段目に足をかけながら帽子の縁に手をやって脱ごうとしていた。 そのとき、見下ろしている白い顔に気がついた。
動きを止めたラルフ目掛けて、するするとハーミアがすべるように降りてきた。 そして、ごく小さな声で囁きかけた。
「怪我は?」
ラルフはためらった。 相手の勘のよさに驚きながら。
間もなく決心はついた。 もう事情は悟られているのだ。 話せることは話したほうがいい。
水滴を落とさないように帽子を脱いで脇にかかえると、ラルフは囁き返した。
「襲撃はなかった。 風が強すぎて、船が来なかったんです」
ハーミアはうなずき、そっとラルフの腕に手を置いた。 濡れた袖の上からでも、暖かい体温が伝わってきた。
「暖炉をつけたままにしてあります。 こっちへ来て」
言われるままに、ラルフはハーミアの部屋へ導かれていった。
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